[携帯モード] [URL送信]

Sakura tree
第十五話 桜雨
気付くと怜は、また泣いていた。

「どうしたの、怜ちゃん!」
「ママ……」

杏子は置きっぱなしにしていた雑誌に気付いたがそれには触れず、そっと怜の背中を撫でながら優しく問いかけた。

「何があったの?ママには言えない事?」
「もう……疲れた…っ」

家族を信じられないなんて、こんな辛い事は無い。
怜は考えている事、感じた事、すべてをママに話す事にした。





家族の事を公表しようという話が出た時、望は一番に怜を心配した。
怜の名前も出さないし、一般人だからプライバシーを守ってくれる約束をしても、いつ何処で書かれるかわからない。
事務所も公表はまだ先にと考えていたから、望が公表を渋るこの問題はそれまでに何とかすればいいと望自身もそう思っていた。

前々から事務所が怜をスカウトしてるのは知っていたが、怜にその気が無いのはわかっていたし、家族もまさか怜が芸能界に入るとは想像もしていなかった。
事情が変わったのは、前社長による事務所の金の持ち逃げがあってからだ。
何人かの役員も消えてしまい、今の社長が急きょ抜擢された。
危うい状態で首を繋いできたものの、業界ではあっという間に噂が広がり、事務所のイメージも所属タレント達のイメージもどんどん下がっていく。
影響が無いほど看板が大きくなっているのは数えるほどで、壱織もそこに含まれていた。

こんなネガティブなイメージの中で壱織のカードを使ったら、ここまで築いてきた壱織の看板が安っぽくなると反対意見が多かった。
それにまだ、問題が解決されていない。
そこで事務所が考えたのが、問題となる怜をスカウトしてしまうという一挙両得の作戦だ。
しかし、断られるのは目に見えている。

家族からも、事務所の事情を怜に言わないなら。と条件を出して、直接交渉する事を了承した。
事情を聞いてしまったら、同情してやると言いかねないと思ったからだ。
やるなら男でと聞いていたから、怜は断るだろうと思っていた家族だったが、本人がやる気であれば仕方ない。
世間や事務所が男である事を望んでも、家族にとって怜は怜だ。
芸能の仕事で評価されれば自信もつくだろうし、そうすれば恋愛にも目を向けられるようになるかもしれない。

やらないだろうとは思っても、怜がやりたいと言った時の事を考えて、家族は心の準備をしていた。
だがそうは思っていても、スパッと断らずに悩んでいる様子を見たら戸惑い、やると言った時は驚いた。

いくら大勢の社員とタレントを抱え、大勢の関係者に迷惑をかけるといっても。
各タレントの沢山のファンを悲しませるといっても。
一般人を引っ張り出して、脅し、騙してまで首を繋ぎたいのか。

朝になって杏子から話を聞いた望は、怒りと悲しみでいっぱいになった。

こんなに怜を悲しませるんなら、初めからきちんと家族で話し合うべきだった。
もし怜が芸能の仕事をやりたいと思っているんなら、ずっと意地になって断り続けてきたから今更やりたいと言うのは恥ずかしいだろうと変に気を使ってしまったのが間違いだった。


朝からリビングに家族揃って話すのは、この事ばかりだ。
王子も子供扱いはせず、きちんと家族の一員として話して聞かせた。

「本当に怜ちゃんの事を考えてたのは、王子かもしれないね」

皐の言う事に、皆心を痛めた。
やりたいと言った場合を考えたのは怜の事を考えたからこそだったのだが、それが間違っていた。
男であろうとしている怜に違和感を覚え、ピリピリした空気にも居心地の悪さを感じていたというのに、最初からずっと変だと訴えていたのは王子だけだった。


『ねぇねぇ。怜ちゃんどうしたの?何か怒ってるの?』
『怜ちゃん、何か困ってるの?だって変だったよ?』
『何で怜ちゃんに何も言わないの?ずっと恐い顔してるのに』
『怜ちゃんが変だってみんなは思わないの?あれは怜ちゃんじゃないって、茜も言ってたよ?』
『どうしてみんな、何も言わないの?今の怜ちゃんは嘘なのに。だからずっと恐い顔してるのに』
『怜ちゃんが決めたんなら、今の怜ちゃんでもみんなはいいの……?僕も茜も違うと思うのに……』
『何で?……怜ちゃんが大事じゃないの?』
『家族って言ったのに……。僕は怜ちゃんの味方だからね!』

皆、王子には詳しい事情を話してないからわかってないだけだと思っていた。
それが間違っていたなんて。
今更後悔したって遅い。

怜は家族に裏切られたと思い、騙されて、売られたとまで思い、深く傷付いてしまった。

[*前へ][次へ#]

14/33ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!