Sakura tree 2 怜が二階から下りてくると、リビングの空気が更にはりつめた。 「怜ちゃん。話があるから、顔を洗ったらこっちに来なさい」 眠そうに目を擦る怜は、パパにこくりと頷いて、ぺたぺたと洗面所へ向かった。 ソファーに一人、怜は小さくなって座った。 疑ってしまった事が後ろめたくなって、何故か叱られるような気分になった。 「まさか、こんなやり方をするとは……パパもママも、皆も思ってなかったのよ」 「事務所が大変なのは知ってたんだ。社員もタレントも結構リストラしてたし。だから最大限の譲歩として、モデルの助っ人を一回限りという条件で許可した」 「その時に、ちゃんと説明しておけばよかったのかしら……?だけど言っちゃうと怜ちゃんが断る選択を奪っちゃう気もして…………いいえ。言い訳に過ぎないわね」 パパとママは真剣に目を見てそう話してくれた。 「いつもそうだ……。昔からずっと。怜ちゃんは俺達に何も言ってくれない。それじゃあいくら助けたくても何も出来ないだろう!?」 望は悔しそうに声を荒らげた。 「怜。心配かけたくないって思うのはわかる。だけど遠慮が必ずしも親切とは限らない。怜が辛いなら尚更だ。それはむしろ、迷惑だ」 悟はあえて厳しい言葉を使って、怜にわかってもらおうとした。 「少し恐くてかっこいい怜ちゃんには素直に憧れるけど、わかったよ。……怜ちゃん。アレは偶像だ」 皐の言葉に、怜はハッとした。 「怜ちゃんがモデルの『Reki』になるように、怜ちゃんは日常生活でもそうやってずっと使い分けてきたんだね」 涙が出た。 「怜ちゃん大好き!皆も怜ちゃんが大好きだから、そのままで居て!」 王子は涙ぐみ、怜に抱きついた。 「皆怜ちゃんが大好きで、伝わってたと思ってたのに……。足らなかったんだね」 パパはごめんねと謝って続けた。 「離れてしまったら、心までもっと離れてしまう。こうしてそばに居るから変化に気づけて、話し合って仲直りも出来る。だから家族は離れちゃいけないんだよ」 桜木家のルール。 「愛情を伝える事に、恥ずかしいことなんてない」 望も、辛そうに謝った。 そして。 「怜。もう、やめたっていいんだぞ?」 「でも……」 「ほら。気を使わなくてもいいんだよ。だから言わないようにしたのに。でも、逆にそのせいでもっと辛い思いをさせたんだな……」 皆何度も謝って、怜は震える手で顔を覆った。 「皆、本当は私が嫌いだったんだと思った…っ。本当は、私がこんなんなのが嫌で、だから事務所と組んで矯正しようとしたんじゃないかって…!」 疑ってしまったのも、家族を失うんじゃないかと思ったのも、酷く苦しかった。 「すごく苦しくて…っ」 余裕が無くて、混乱していた。 真弓先生の前で、みっともなく泣き喚いてしまった。 「皆を恨んだの……。皆が私を殺すって…っ。……ごめん……ごめんなさい…っ」 「何で怜ちゃんが謝るんだ。そうだよ。悪いのはみんな俺達だ」 懇願にも似た、謝罪。 「だって、酷い事を思った……」 「バカだな。怜ちゃんは、優しすぎる」 望は袖を引っ張って、怜の涙を拭ってやった。 そして怜が気になってしまうのは望の事だ。 「のんちゃん、どうするの?事務所とか、お仕事とか、どうなっちゃうの?」 もう自分の事より、望の事を心配している。 「『Reki』が助けてくれただろ?何とかなるさ。というか、何とかするよ。怜がここまで頑張ってくれたのをムダにはしない」 「私一人がやるって言ったところで何とかなるとか、そんな大それた事は思ってない。今までの事も、全部のんちゃんが頑張ってきたから、スタッフさんが頑張ってきたから、そのお陰でこんな私でも使ってもらってたんだってちゃんとわかってる。けど!のんちゃんの役に立つなら…!」 「怜ちゃん…!」 望は首を振ったが、怜がその先を言わせなかった。 「のんちゃんの為になら利用されてもいい。それでのんちゃんが助かるんなら嬉しいもん」 「バカ……」 希望を見つけた様に、怜はにっこりと笑顔を浮かべて言った。 「きっとこうなったのは、のんちゃんを助ける為だよ!モデルになる前に聞いたって何も出来なかったもん!よかった!だってこれで、私がのんちゃんの為に出来る一番の事が出来るんだもんね!?黙って見てるだけじゃ嫌だから、ね?いいでしょ?」 きらきらと輝く笑顔が滲む。 望はこの健気で可愛い弟を抱き締めた。 「ありがとう…っ」 [*前へ][次へ#] [戻る] |