Sakura tree
3
今は実家を出ている葉介の元へその電話がかかってきた時、嬉しさなど一切無かった。
懐かしささえ感じない。
まずは、家族に知られたら……という危機感や恐怖。
そして怒りに、罪悪感。
「知りません。思い出したくもない!」
忘れたくて、逃げる為に家を出たのに。
「迷惑だ!両親に聞いても同じですよ!」
今は年老いた両親と、昔からのお手伝いさんだけで平和に暮らしている。
そこにこんな思い出させるような電話をかけてもらいたくない。
「失礼します!」
相手の言葉を待たずに電話を切った。
「どうしたの?何の電話?」
「『あの子』だ。今の養父が、『あの子』の親の事を知りたいと」
妻はうんざりといった顔をして、葉介の肩を撫でて同情した。
「こう言っては何だけど、やっと遠くにやれて貴方もご両親も楽になれたと思ったのにね……」
「この事は両親には言わないでくれよ」
「言えるわけないわよ。もし聞いたら、憤死してしまうわ」
実家に居た頃は、妻も『あの子』と一緒に暮らした事がある。
事情も、両親の反応も知っているのだ。
「ご両親が言う通り、お兄様は一族の恥よ。娘達には絶対耳に入れてほしくない」
「ああ。我々は真っ当に生きる」
書斎にこもった葉介は、壁一面の本棚を埋める大量の本の中から、一冊を手にとった。
それはシークレットボックスで、本に見せかけて中が空洞になっているものだ。
中には、机の引き出しの鍵がしまってある。
その鍵で引き出しを開けると、そこには一枚の写真と、また別の鍵が一つあるだけだった。
葉介はその写真を手にとり、自分と一緒に写る“その人”を見た。
金に輝く髪に、青く透き通った虹彩。
本当はとても綺麗だと思っていたのに、葉介は家の外ではずっと嘘をついていた。
『“先祖返り”で外人が生まれてきた』と言われた“その人”は奇異な目で見られたし、とても保守的な考えの人達が多いところでは堂々と「綺麗だ」なんて言えなかったのだ。
自分まで変なものに見られるのが恐かった。
自分の思いより周囲の評価を重視して自分を殺し、逃げてしまう葉介だから、両親がすすめる女性と見合いをして結婚もした。
葉介は、何より自分に絶望していたから。
写真の“その人”を指先で撫でてから、葉介は再びそれをしまって鍵をかけた。
引き出しの鍵をまたシークレットボックスに戻すと、何事も無かったように書斎を出た。
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