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Sakura tree

今は実家を出ている葉介の元へその電話がかかってきた時、嬉しさなど一切無かった。
懐かしささえ感じない。
まずは、家族に知られたら……という危機感や恐怖。
そして怒りに、罪悪感。

「知りません。思い出したくもない!」

忘れたくて、逃げる為に家を出たのに。

「迷惑だ!両親に聞いても同じですよ!」

今は年老いた両親と、昔からのお手伝いさんだけで平和に暮らしている。
そこにこんな思い出させるような電話をかけてもらいたくない。

「失礼します!」

相手の言葉を待たずに電話を切った。

「どうしたの?何の電話?」
「『あの子』だ。今の養父が、『あの子』の親の事を知りたいと」

妻はうんざりといった顔をして、葉介の肩を撫でて同情した。

「こう言っては何だけど、やっと遠くにやれて貴方もご両親も楽になれたと思ったのにね……」
「この事は両親には言わないでくれよ」
「言えるわけないわよ。もし聞いたら、憤死してしまうわ」

実家に居た頃は、妻も『あの子』と一緒に暮らした事がある。
事情も、両親の反応も知っているのだ。

「ご両親が言う通り、お兄様は一族の恥よ。娘達には絶対耳に入れてほしくない」
「ああ。我々は真っ当に生きる」


書斎にこもった葉介は、壁一面の本棚を埋める大量の本の中から、一冊を手にとった。
それはシークレットボックスで、本に見せかけて中が空洞になっているものだ。
中には、机の引き出しの鍵がしまってある。

その鍵で引き出しを開けると、そこには一枚の写真と、また別の鍵が一つあるだけだった。

葉介はその写真を手にとり、自分と一緒に写る“その人”を見た。

金に輝く髪に、青く透き通った虹彩。
本当はとても綺麗だと思っていたのに、葉介は家の外ではずっと嘘をついていた。

『“先祖返り”で外人が生まれてきた』と言われた“その人”は奇異な目で見られたし、とても保守的な考えの人達が多いところでは堂々と「綺麗だ」なんて言えなかったのだ。
自分まで変なものに見られるのが恐かった。

自分の思いより周囲の評価を重視して自分を殺し、逃げてしまう葉介だから、両親がすすめる女性と見合いをして結婚もした。
葉介は、何より自分に絶望していたから。

写真の“その人”を指先で撫でてから、葉介は再びそれをしまって鍵をかけた。
引き出しの鍵をまたシークレットボックスに戻すと、何事も無かったように書斎を出た。

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あきゅろす。
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