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短篇
11
心地よい草のベッドで、リリィは目を覚ました。
今度こそ死んだのだ。
ならばここは天国だ。
青い空がいっぱいに広がっている。
深呼吸をすれば、体が楽になっているのがわかる。

身を起こすと、とても広い公園のようだった。
芝の上にはぱらぱらと人が居たが、彼らは皆変わった格好をしていた。
リリィの知らない服装だ。
立ち上がって辺りを見回す。と、リリィは愕然とした。
振り返った視線の先に、かつてリリィが暮らしていた城があったのだ。
しかしその様子はすっかり変わってしまっている。
遺跡のように、古びていたのだ。

リリィはもう一度見回して、そしてゾッとした。
神隠しから、解放されたのだ。
彼の世界で、彼のそばで逝けるならそれでよかったのに。
リリィの魂を優先し、リリィを手放したのだ。

「そんな……」

信じ難い現実を確かめるため、リリィはふらふらと城へ歩いていった。
しかし、城へ入ることはかなわなかった。
人手に渡った城は観光地化され、入場料を払う必要があったのだ。
リリィにはそのお金の単位もわからなかった。
どれほどの時間が経ったのか。
どれほどの時間を飛び越えてしまったのか。

リリィは絶望した。
これからたった一人きりで、どうして生きていけばいいのか。

かつて森だった場所は切り開かれ、公園や人家などになっている。
リリィはぐるりとまわって城の裏手へと辿り着いた。
そこにはもう、かつてリリィが訪れていた頃の姿はなかった。
かろうじてあずまやの土台のようなものが面影として感じられるだけだった。
そこも人が立ち入れないようにロープが張られていて、近づくこともできない。

リリィはひくりとしゃくりあげると、それを合図にぼろぼろと泣きじゃくった。

「こんな、ことなら…っ」

また一人になってしまった。
いや。今度こそ。
本当の一人になってしまった。

「こんなことなら、あなたのもとで死なせてくれればよかったのにぃ…っ!」

以前はエメルが居た。
そしてずっと、彼が遠くから見ていてくれた。

「ずるい!ずるいぃっ」

彼は生きているリリィを離れたところから見ていられるけれど、リリィにはそれがわからない。
彼がリリィに見せるつもりで現れてくれないと見えないのだ。

「リリィ」

嗚咽に紛れて彼の声が聞こえた気がして、リリィはしゃくりあげながら周囲を見回した。

「精霊さん!?精霊さんっ」

しかし、やはり彼は現れない。
彼が恋しい。と、リリィは思った。

エメルはどうしたのだろう。
エメルに会えれば、彼のことが聞けるかもしれない。
彼が現れてくれないのなら、エメルを介して会話ができたら……。

そういえば。と、思い出す。
エメルは彼の世界の中にあっても平気なようだった。
精霊同士では影響がないのだろうか。
人間だけが彼の呪いに……。
そこまで考えて、“呪い”とは何だろう?と疑問がわく。
もしももとは邪悪なものではなく、呪われたことでそう変わってしまったのなら、元に戻ることができないか。
それは淡い希望的観測にすぎない。
けれども、幻想でもいいから希望を持っていたかった。
それが愚かな逃避だとしても。


かつてそうしていたように、しばらく街を眺めてぼんやりしていた。
形も色も、リリィが知るものとは違う。
これからどうしよう……と、今眼前のことを考える気力はない。
まずこの現実を受け入れねばならないことで精一杯だった。

「ねぇ、大丈夫?」

リリィは最初、自分が話し掛けられているとは思わなかった。

「ねぇ、君。平気?」

二度目も、それが自分に対しての言葉だとは思わなかった。
ただ、声がそばへ近づいてきたから反応して振り返っただけだ。

やわらかな赤茶色の髪をした青年がリリィを見ていた。
リリィはまわりに誰も居ないことを見て確かめて、自身が話し掛けられたことを知る。
その様子を面白そうに観察していた青年は、小さく吹き出して言った。

「そう、君」

明るくにこやかな人柄にはいい印象を受けたが、初対面の相手に、それも男性に挨拶もなく不躾に話し掛けられたことに戸惑いを覚える。
しかし青年に構う素振りはない。

「ずっとそこに居るみたいだけど、何かあった?……具合が悪い?ケガをした?手をかそうか?」

リリィが返答に困っているので、青年は幾つか質問を追加した。
だがリリィは首を振るのがやっとだった。
何て説明していいかわからないし、今は動揺してそれどころではなかったのだ。
落ち着こうとするリリィの隣に、遠慮なく青年は腰をおろした。

「すーごい美人だね。女優みたいだ。昔のお姫様みたいな格好もしてるし、まさか、ホントに女優さんだったりして!?」

今の世界に生きる青年から見てリリィの格好が“昔”というなら、やはり“今”はリリィが知るそれよりずっと先の“今”なのだ。

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