短篇 12 リリィは気になって、ファミリーネームを挙げて今一族がどうなっているか青年に訪ねた。 「あぁ、この城に住んでた貴族ね。多分、今でも子孫が何処かには居るんじゃないかな?何してるか知らないけど」 万が一子孫が何処に居るか探し当てたって、頼ろうにも何て説明すればいいのか。 正直に話したところで信じてもらえそうにない。 「今は別のお金持ちが住んでるよ。一部見学者に解放されてるけど、古城だから、住んでるところは改装してあるらしいよ」 衝撃を受け、悲嘆し、放心して。 今はどっと疲労感に見舞われていた。 もう、世界は変わってしまったのだ。 「リリアンってお姫様がここに居たの」 青年はその名を繰り返し、リリィが口をきいてくれたことを嬉しそうに笑んで耳を傾けた。 「あのあずまやがお気に入りの場所だったの。でも、もう壊れちゃって無いのね」 土台しか残っていないそれがあずまやの跡だと、青年は知らなかった。 そもそもこの場所が城の敷地内であると知ってはいても、こんな人気のないところにも古い時代のものがあると知る者は少ない。 見所ではないので、それを見る目的でないと訪れる者がないのだ。 「……残念。お城も、もう外観でしかかつての姿が見られないなんて」 どちらにしろ、もうリリィにはこの場所に何の意味もなくなっていた。 もう自分の家ではないばかりか、一族のものでさえない。 こだわる理由がなかった。 すっと立ち上がって行ってしまう背に、青年が帰るの?と声をかけた。 リリィにはもう帰れる家はない。 振り返ったもののどう答えるべきか悩んだリリィは、さぁ?とはぐらかすしかなかった。 「あ、じゃあさ。名前だけ教えてよ」 例え正直に名乗っても、この非現実的な事実を信じはしない。 冗談だと思うだろうと判断し、リリィは名乗った。 「リリアン」 案の定。 青年は吹き出した。 こんな美人には迷惑そうに冷たくあしらわれて当然と覚悟していたので、去り際の冗談は意外で嬉しいものだったのだ。 古い時代のドレスを着て歩くリリィは人目を引いたが、物語から抜け出たような美しい姫君を珍しがり、喜ぶ者が多かった。 場所が場所なだけに貸衣裳だと思ったり、そういう出し物が何処かであったのだろうと解釈する者が多かったせいだ。 リリィは緑の多い公園へ戻ってきた。 近くに人が居ないのを確認してから、視線を走らせて語りかける。 「こんにちは。どなたかいらっしゃらない?よかったら、私とお喋りしてほしいのだけれど」 耳を澄ませ、気配を探る。 数拍待って、もう一度。 「一人になってしまったの。最近の世界のことを知らなくて。誰か、お話してくれる方はいらっしゃらない?」 木々の辺りにキラキラと輝くものを見つけたリリィは、そっと木陰に腰をおろした。 「はじめまして。リリアンです。ちょっとこの世界を留守にしたつもりだったのに、ずいぶん時間が経ったみたいで。困っているの。今のことを教えてくれれば嬉しいのだけれど」 小さな光がふわふわと出てきて、リリィのそばへ降りた。 「あなた、わかるの?」 変ね。フシギね。と、小さな声が重なる。 「ええ。こんにちは。私が居た頃もちょっと珍しいみたいだったけれど、今はもっと珍しいのかしら?」 キラキラと現れた小さな光が、幾つも辺りを飛び回る。 珍しい。いない。 話せるの? 聞こえるの? 聞こえてる。 話せてる。 口々に囁く妖精の声に耳を傾けてる内、リリィに自然と笑みが生まれた。 フシギ。キレイ。 ヒトじゃないの? ヒトみたい。 ヒトなのに。 ちがうみたい。 「魂のこと?」 ヒトなのに、ヒトじゃないみたいにキレイと言われて浮かんだのは“彼”の言葉だ。 そうそう。と肯定され、安堵する。 「ありがとう」 それが原因で神隠しにあい、結果この現状に至っているのだが、そうであることをリリィは恨んでいない。 肯定は自信と安堵をもたらした。 存在を許されたようで、初めて自由を得た気がしたのだ。 「私は以前、あのお城で暮らしていたの」 リリィは名乗り、家族の行方をたずねた。 妖精たちが人の世界のことに関心を持ち、それを覚えているかは不安なところだが。 しかし、妖精たちの関心は別なところにあった。 [*前へ][次へ#] [戻る] |