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短篇

何日か微熱が続いたある日のことだった。
深く考えないのはここでもそうで、大したことないと放っておいたせいで悪化してしまった。
体がだるくてふらつくし、熱っぽくて頭がぼんやりする。
友人に話し掛けられても頭が回らず、なかなか言葉が出てこない。

「どうしたの?秀くん、大丈夫?」
「まだ調子悪いの?ちゃんと薬飲んだ?」
「ねぇ、今日くらい部活休めないの?」

ぼんやりと生返事する秀の様子を見て、これは本当に重症なのでは?と心配になって顔を見合わせた。
友人達の心配をよそに、秀はこの日も部活へ向かった。


「おい、秀!今日こそ俺が勝ってやるからな!」
「逃げんなよ!ぶっ潰してやるからな!」

顧問の前でも秀に噛みつく部員達はたしなめられない。
顧問はその闘争心を利用していた。
だから秀が今日は無理だと裏で頼んでも、聞き入れてはくれなかった。
あいつらに本気でやらせないでくれという訴えも、何ふざけたことをぬかしてるんだと突っぱねられて終わりだ。

この調子では到底泳げない。
無理だとわかっているのに、やるしかない。
ぼーっとしたまま水着に着替え、プールへ向かう。
やる気の部員達に許しをこえないのは、最後の意地だ。

プールに片足をひたし、ふちに腰をおろしても、やれるとは思えない。
と、その時だ。
ぼやけた視界がぐらりと揺らめく。
どすんと体に衝撃が走り、背中に冷たいタイルの感覚を覚える。
ざわめきが遠くなり、一瞬意識を失っていた。
それがわかったのは、瞬きの間に知らず担架に乗せられていたからだ。

「負けたわけじゃないからな。あとで絶対勝負する」

まわらない口でそう宣言したのも、左腕をあげたのもほぼ無意識だった。

「うるさい」

ぼんやりした人影と、穏やかな低音が近付くのがわかった。

「黙れ」

その声は顔のすぐそばでした。
そして唇にふわりとやわらかな温もりが触れた。
意識が遠ざかる中で、口をふさいでくれて助かったとそれをありがたく思った。
もういいんだと安堵と共に、下唇を食むやわらかな感触を心地よいと思った。
はっきり顔は見えなかったけれど、それが誰かわかったから。


どれくらい眠ったのか、次に目覚めたのは保健室だった。
荷物が運んであったので、ぐるりとカーテンが引かれている中で着替えた。
それから寮へ帰り、夕飯を少し食べてからずっと眠っていた。

倒れたことで女の子達が心配して声をかけてくれたが、翌日になっても“彼”がしたことについて口にする者はなかった。
噂を耳にすれば嬉々として問い質すかと思ったのに、変わった様子は見られない。

まだ熱がありだるいので、この日は部活を休んで友人達と帰った。
だから“彼”と顔を合わせていない。
会ったのはその翌日だった。
すっかり体調が戻り、部活に出られるようになったからだ。
逆に言えば、彼と会うのはそれくらいしかないのだ。
そして互いに話そうと思わなければ言葉を交わすこともない。

延期になっていた勝負に付き合わされ、また一人の更衣室。
ノックもなしに現れた“彼”は、相変わらず感情の見えない男前だった。

「だから。声かけるかノックするかしろって」

秀はいくらか呆れた声を出したが、本気で怒ってはいない。
何度言っても変わらないそれを諦めているのもあるが、無遠慮に入り込む彼を不快だと思わなかった。

「雛子」

秀が返事をしなくても、ムッとせずに続ける。

「俺はお前が大事だ。無理するな」

思わず吹き出してしまったのは、本気にとらなかったからではない。

「何だ。ちゅーしたのを謝ったら殴ってやろうと思ったのに」

抵抗できない女にキスをするのは非難されるべきだと思うが、彰が謝るとしたら別の点だと秀は思っていた。
単純な秀でも、キスをされた時に彼の想いに気付いたから。
それが嫌ではなかったから、後になって誤りだったかのように訂正されるのが嫌だった。

秀の言葉の意図を察した彰は、ふっと片頬で笑って秀へ歩み寄った。
またタオルを奪い取って、秀の髪を拭きながら。

「それは謝らない。したかったからした。それに、お前のためにもなったと思う」

横柄で、不遜な言い分だ。が、その通りだった。
もう休んでいいと言われたようでほっとしたし、何より彼とのキスは心地よくて嬉しかったのだ。
だからその言い方に反発心を覚えて突っ掛かるより、素直に感謝する気持ちが勝った。
ふふっと笑った秀の表情はやわらかで、その顔立ちの美しさを際立たせた。

「好きだ。雛子」

二人の間にあった穏やかな空気が。
二人が過ごしてきた心地よい時間が秀は好きだった。
彰にキスをされた時、それらの理由がわかった。

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