短篇 4 「雛子」 もう一度呼ばれて大きな手にあごをすくわれると、秀は美しい微笑みを彰へ向けた。 それに吸い込まれるように、彰は秀へ口づけた。 軽く触れただけで離れる。 それがとても物足りなく感じた。 そんな感情を自覚して秀は恥ずかしくなり、照れ隠しに喋り始めた。 「私もあんたが、多分ずっと大事だったと思う。あんたは優しくて、何だか特別に扱ってくれたように感じてた。それが嫌じゃなかった」 女性として扱ってくれたことを、素直に受け入れられた。 彰だったら嫌じゃなかった。 「あんたと居るのは落ち着くし、一緒に居るのが好きだ」 するりと頬を撫でられると、そこから愛情が伝わるようで嬉しい。 心満たされる。これが愛しいということだと知った。 「あんたの気持ちが嬉しい」 知らずその手に頬をすりよせ、甘えを見せていた。 それに気付いたのは、彰がふっと笑ったからだ。 羞恥で咄嗟に目を伏せる。 「俺にとって、お前はずっと可愛い女だよ」 「奇特なヤツだなっ」 照れ隠しに言うと、まあな。と認めたので笑ってしまった。 「はっははっ。おもしれぇ」 だからとても素直に言えた。 「彰。あんたが好きだよ」 全然おしとやかになんかできない。 ちっとも女らしくなんて振る舞えないのに、彰だけが可愛いと言う。 それを秀は自分でも変なヤツだと思うのに、そんな人柄が面白くて好きだと思った。 「ところであんた!私にちゅーした後、どーしたんだよ。よっぽど変人扱いされただろう」 秀は本気で心配して聞いたのだが、彰は秀の髪を弄りながら鼻で笑った。 「“やっぱりお前らそうだったのか”って驚かれはしたけどな。でも、お前は黙ってりゃ美人だってよ。俺が特別変人ってわけじゃあない」 「やっぱり……?」 その他大勢の評価は秀にとってそう重要度が高くない。 何て言われようと、思われてようと、結局は皆秀に対する言動は同じだ。 今の発言でも改めてそう思う。 黙って女らしくして、秀の個性を無くした時にならやっと対象として納得できるという秀の人間性を無視した意見が受け入れられない。 そして今のでもうひとつ引っ掛かったのは、二人の仲が周知の事実だったような言い方だ。 「何だ、あんた。まわりにバレバレなくらい私に惚れてたのか?」 案外わかりやすいヤツだったんだな。という揶揄と、嬉しさとでにやつく。 彰は指先で秀の長い黒髪を撫でて遊ぶ。 「あぁ、そうだよ。お前の方がよっぽどわかりにくくて厄介だ」 「そぉかな?単純だってよく言われるけど」 「さっぱりしすぎて、色恋沙汰に関して手強いんだよ」 そう言ったくせに、再び唇にキスが降る。 甘く触れる、心地よい感触。 それがとても嬉しくて、半ば呆れながら実感する。 あぁ。こんなにも、こいつのことが好きだったのか、と。 「雛子」 優しくやわらかく食まれる合間に、名前を囁く声にときめく。 好きだ。可愛い、と。 いちいち漏れる甘美な誘惑。 「彰」 耐えきれず非難の色を滲ませると、ふっと軽く笑う。 羞恥を見せたのが楽しいらしい。 そうなると、受け入れても抵抗してもこいつが楽しいことになってしまう。 秀は、それに気付いて悔しくなる。 内心でチッと舌打ちをしながら、それでも反撃する気にはなれない。 それは彼への愛情が理性に勝った瞬間だった。 仕方ない。と、秀は屈伏した。 それだけこの男が、好きになってしまっていたのだから。 キスの合間に秀が溜息を漏らすと、ん?とその意味を問い質す。 「思ったよりあんたが好きみたいで、まいったなって思ってたとこ」 正直に白状した秀に、微笑んだ彰からご褒美が寄越される。 「可愛いヤツめ」 より深いキスが見舞われてから、秀はちょっとだけ正直に白状したことを後悔した。 「もう、いいっ」 「ダメ」 秀がどんなに強くとも、決して勝てない男がそこに居た。 [*前へ] [戻る] |