短篇
13
その日、マリーが家から出てくると、向こうからクライヴがやって来ていた。
「あ、お嬢様。今ちょうどお話に行こうとしてたんです」
「何ですか?」
マリーはちょこんと首を傾げた。
「いいニュースです」
何と、自警団の協力によって事件の被害が最小限に抑えられた事で、警察から感謝状が贈られると決まったらしい。
「すごい…!おめでとうございます」
感謝状が贈呈された後で、警察の偉い人達との会食も予定されている。
自警団の後援者であるサルマーもその席に招待されたが、代わりにマリーが出席することになった。
次代の予言者として先日やっと力が目覚めたばかりだし、孫とはいえ荷が重いからと辞退しようとしたのだが、サルマーに説得されて納得した。
白いワンピース姿は新鮮で、メイクをリップしかしてないのもより清楚な印象が強調される。
いつもの格好の自警団が揃うと真っ黒で、その先頭でマリーを迎えたのはクライヴだった。
マリーへ注ぐ微笑みは甘く、それを見たマリーは照れて顔を伏せた。
すっと差し出された腕の意味がエスコートだとわかっているが、人前で、それも想う相手と腕を組む事にマリーは羞恥をおぼえた。
そしてクライヴは、遠慮がちにかかる重みと、細い腕の感覚に、嬉しさをおぼえた。
警察のお偉い方を前にしたマリーは背筋がぴんと伸び、周りの目にとても落ち着いて堂々として見えた。
「お初にお目にかかります。祖母サルマーの代理で参りました、マリー・カマルともうします」
礼を尽くした丁寧な挨拶もなめらかで、振る舞いは上品で優雅だ。
イスを引いてもらうと、ちょこんと膝を折って謝意を表す。
それがとても少女を可愛らしく映した。
マリーは自然に会話を楽しんでいる様子だったが、上品で素敵なお嬢さんだと褒められると、ぱっと頬を染めた。
それがまた初々しい反応だと、相手に好印象を与えた。
「息子の嫁になってほしいくらいですよ」
マリーは恐れ多いと慌てて「とんでもない」と言ったが、隣で会話を聞いているクライヴは気が気ではない。
お世辞とはいえ、想う人が褒められて誇らしく感じるより、独占欲の方が先に立った。
しかしそれは、後悔に変わった。
顔を寄せてこそっと告げられるかたちが、真剣な顔つきと声のトーンが、その言葉の裏の本気をにおわせる。
「息子との件、考えておいてください」
マリーは一瞬言葉を失い、戸惑いの中で丁寧に遠慮するので精一杯だった。
だから、隣で聞いていたであろうクライヴが、マリーがはっきり断らなかった事に失望しているのでは?と不安をおぼえたのは後になってからだった。
桟橋の先に座って、マリーは川に足を浸して涼んでいた。
コツコツと近寄る足音が聞こえていたが、マリーは振り向けなかった。
「お嬢様」
その響きがマリーの想像を裏切らないものに聞こえて、マリーは目を伏せた。
先の展開を想像しただけでつらくて、身動きがとれなかったのだ。
しかしクライヴもまた彼女を失望させたと思っていて、すぐに振り向いてくれないのはその証拠だと反省していた。
「お嬢様。……こちらを向いてくれませんか?」
クライヴは、川から足を上げたマリーに手を貸した。
気まずい沈黙の後、会食での事ですが……と切り出したのはクライヴだった。
「あなたをかばわなかった俺を、見損なったでしょう……?」
何を言うのだと、マリーは信じられない思いでクライヴを見上げた。
「…っ、クライヴさん……」
「自警団のことを考えたら行動に移せなかった……。言い訳に聞こえるでしょうし、組織や立場よりもあなたを選ばなかったと失望されても仕方ないことです」
マリーに最初からそんな発想は無かった。
ゆるゆると首を振るが、クライヴは続けた。
「だけど、それだけであなたへの愛が足りないと思ってほしくない。俺は、あなたの愛を失いたくない」
熱い告白に赤面したマリーは、ぱくぱくと口を動かし、やっとのことで声を絞り出した。
「わ…私こそ……。あなたに…っ、がっかりされてしまったと思いました……」
「え、何でっ!?」
「想う方が居ると……。……その……お付き合い、している方が居ると……。お断りしなければならなかったのに……。言えなかったから……」
外套をぎゅっと握り締め、うつむく小鳥のさえずりは、次第に小さく消えていく。
クライヴは、この震える小鳥が愛しくなった。
「何を言ってるんです。あなたはとても謙虚で、そしてうぶな人だ。あなたは何も間違ってないし、何も悔やまなくたっていい」
「それじゃあ……」
甘い優しさを受けて顔を上げたマリーは、すがるようにたずねた。
「私の愛を、疑わないでくれますか?」
何て可愛い質問をするのだと、クライヴは思った。
「もちろん。ええ、もちろん。あなたの愛は俺だけのものです。そして俺の愛はあなただけのもの」
マリーは涙ぐみながら、何度も頷いた。
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