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短篇

腰を抱かれて歩かれてしまうと、必然的に足も動く。
転ぶんじゃないかと恐くて、咄嗟に彼のシャツを掴んだ。

「あ……、どこ?どこに……?」

慌てて聞くと、彼はニッと笑ってはぐらかした。

「やっと声が聞けた」

そう言われてしまうとまた話せなくなる。
何処に行くのか聞いたのに、彼はやっぱり意地悪だ。

周りを見る余裕は無くて、石畳ばかりを見ていた。
それは彼の手がずっと腰にあるからで、彼にしてみれば単にエスコートする何でもない振る舞いの一つかもしれないが、それすら慣れない。

恥ずかしくて固まるしかないのに、もう一度彼の顔を見たい衝動にかられる。
けれど意地悪に笑われてからかわれるんじゃないかと思うと、畏縮して動けないのだ。

「ほら、見てごらん。どう?」

おずおずと視線を上げる。
と、そこには色々の花が広がっていた。
わぁっと口を開けて驚くと、隣でくすりと笑う気配があった。
もう随分長いこと石ばかりの街しか見てなかったので、これはぴょんと飛び上がりたいほど嬉しかった。

「声も出ないくらい喜んでくれたってことかな?」

目の前の景色に感激し、意地悪な色に怯えなかった。

「すてき……」

彼は「よかった」と言って、今度はゆっくりとエスコートしてくれた。
そしてここが、公園だと教えてくれた。

「人の手でつくられたものだ。赤い花のエリア、黄色い花のエリア、ピンク、白……」

そして二人は、石畳の歩道を歩いてる。

「だけど、自然だ。だろ?」

そうね、素敵なことにはかわりない。
この花達も生きてるんだもの。

チクリと、胸の何処かで何かが痛んだ。
けれどそれが何かわからなかった。

「やっぱり、こういうところの風は気持ちがいいね。そう思わない?」

そう。風にとけ、ふわふわと飛んで漂いたいほど。
少女精霊はその問い掛けで心の引っ掛かりを忘れ、目を閉じて風を存分に楽しんだ。

まぶたを開き視界に入った景色は、木々の向こうに迫る石の街だった。
あそこへ帰るのを躊躇われるほど、ここは素敵な環境だ。
ふと、その不思議な物を見つけて、問いと同時に無意識にシャツを引いてしまっていた。

「あれは、なぁに?」

彼は顔を寄せて目線を合わせ、「あれ」と指した物を見つけた。

「あぁ、風見鶏」
「かざみどり?」

建物のてっぺんに鳥の形をした板が飾ってあって、それがくるくる回っているのだ。

「知らない?風に吹かれて動くだろ?あれで風の吹く方向を見るんだよ」
「あれで?」

見た経験があっても、それが何かを教えてくれる人間は居ない。
それ以前に、目に入っても疑問すら抱かなかったのかもしれない。

「……不思議ね」

どうして関心を抱かなかった……?
石でできた人工的な景色を、しっかり見るまで関心が無かった。
知ろうとするまでの意味をそこに見出だせなかった。
じゃあ、今は?
何故、気付いたの?
その“人”を見て思う。
他の人とこの人で、何か違うっていうの?

「人は何でも見ようとするんじゃないかな?目には見えない風の向きも、強さも」

人には目に見えないものが多い。
だから人は祈るのだ。そして頼る。
風の精霊に、航海の安全を祈るように。
また、ずきん、と。胸の奥が痛んだ。

「……どうしたの?」

祀られる羽。祈られる精霊。
それは何処で?誰に?
流血し倒れた人。絶叫する自分。
それはいつ?何故?

「あ……」

かたかたと震える手で口を押さえる。
ぽろぽろと涙が溢れて、いっぱいに支配される。
恐怖。悲しさ。逃避。後悔。

「泣かないで。つらい事など忘れればいい」

どうして忘れてしまったのだろう。
こんなに遠くへ来てしまったから?

「私……私、帰らなきゃ…っ。帰らないと……」

恐れて逃げた情けなさ。
忘れて遊んだ愚かしさ。

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