短篇
3
腰を抱かれて歩かれてしまうと、必然的に足も動く。
転ぶんじゃないかと恐くて、咄嗟に彼のシャツを掴んだ。
「あ……、どこ?どこに……?」
慌てて聞くと、彼はニッと笑ってはぐらかした。
「やっと声が聞けた」
そう言われてしまうとまた話せなくなる。
何処に行くのか聞いたのに、彼はやっぱり意地悪だ。
周りを見る余裕は無くて、石畳ばかりを見ていた。
それは彼の手がずっと腰にあるからで、彼にしてみれば単にエスコートする何でもない振る舞いの一つかもしれないが、それすら慣れない。
恥ずかしくて固まるしかないのに、もう一度彼の顔を見たい衝動にかられる。
けれど意地悪に笑われてからかわれるんじゃないかと思うと、畏縮して動けないのだ。
「ほら、見てごらん。どう?」
おずおずと視線を上げる。
と、そこには色々の花が広がっていた。
わぁっと口を開けて驚くと、隣でくすりと笑う気配があった。
もう随分長いこと石ばかりの街しか見てなかったので、これはぴょんと飛び上がりたいほど嬉しかった。
「声も出ないくらい喜んでくれたってことかな?」
目の前の景色に感激し、意地悪な色に怯えなかった。
「すてき……」
彼は「よかった」と言って、今度はゆっくりとエスコートしてくれた。
そしてここが、公園だと教えてくれた。
「人の手でつくられたものだ。赤い花のエリア、黄色い花のエリア、ピンク、白……」
そして二人は、石畳の歩道を歩いてる。
「だけど、自然だ。だろ?」
そうね、素敵なことにはかわりない。
この花達も生きてるんだもの。
チクリと、胸の何処かで何かが痛んだ。
けれどそれが何かわからなかった。
「やっぱり、こういうところの風は気持ちがいいね。そう思わない?」
そう。風にとけ、ふわふわと飛んで漂いたいほど。
少女精霊はその問い掛けで心の引っ掛かりを忘れ、目を閉じて風を存分に楽しんだ。
まぶたを開き視界に入った景色は、木々の向こうに迫る石の街だった。
あそこへ帰るのを躊躇われるほど、ここは素敵な環境だ。
ふと、その不思議な物を見つけて、問いと同時に無意識にシャツを引いてしまっていた。
「あれは、なぁに?」
彼は顔を寄せて目線を合わせ、「あれ」と指した物を見つけた。
「あぁ、風見鶏」
「かざみどり?」
建物のてっぺんに鳥の形をした板が飾ってあって、それがくるくる回っているのだ。
「知らない?風に吹かれて動くだろ?あれで風の吹く方向を見るんだよ」
「あれで?」
見た経験があっても、それが何かを教えてくれる人間は居ない。
それ以前に、目に入っても疑問すら抱かなかったのかもしれない。
「……不思議ね」
どうして関心を抱かなかった……?
石でできた人工的な景色を、しっかり見るまで関心が無かった。
知ろうとするまでの意味をそこに見出だせなかった。
じゃあ、今は?
何故、気付いたの?
その“人”を見て思う。
他の人とこの人で、何か違うっていうの?
「人は何でも見ようとするんじゃないかな?目には見えない風の向きも、強さも」
人には目に見えないものが多い。
だから人は祈るのだ。そして頼る。
風の精霊に、航海の安全を祈るように。
また、ずきん、と。胸の奥が痛んだ。
「……どうしたの?」
祀られる羽。祈られる精霊。
それは何処で?誰に?
流血し倒れた人。絶叫する自分。
それはいつ?何故?
「あ……」
かたかたと震える手で口を押さえる。
ぽろぽろと涙が溢れて、いっぱいに支配される。
恐怖。悲しさ。逃避。後悔。
「泣かないで。つらい事など忘れればいい」
どうして忘れてしまったのだろう。
こんなに遠くへ来てしまったから?
「私……私、帰らなきゃ…っ。帰らないと……」
恐れて逃げた情けなさ。
忘れて遊んだ愚かしさ。
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