ドラゴン
3
仕事の話が終わったところで、黒蝶は声を落とした。
「ところで、外に居るあの方は誰なんです?」
リュウは眉を寄せ、呆れて溜息をついた。
「あいつまだ居るのか」
アキアとハルが並んでこっそり通りを見下ろした。
「うわ!こっち見てる!」
「やっぱり隠れるゼロだけど?むしろ気付いてほしいんじゃない?エスに」
黒蝶とリュウは同時にエスを窺って、顔を見合せた。
二人が考えている事は同じだ。
「僕も、アキアさんの言う通りだと思います」
「だよな……。やっぱり、エスの信者か」
この場合の“信者”は、宗教的な意味とエス本人のファンという二つの意味を持つ。
皆で心配しているのに、当の本人はのんきにパンを食べている。
自分に視線が集まってると気づくと、エスはぱちっと瞬きをした。
「あぁ、ごめん。お腹減っちゃって」
脱力させるのは無意識か、それともわざとか。
どちらにしろそんなに深刻にならなくてもいいだろうと結論づけた面々は、そこでこの話題を終わらせた。
しかし、それは翌日のチェックアウトの時だった。
「え!?支払い済み!?」
「ええ。聖女様方のお支払は教団の方が済まされました」
女神ローズを信仰する青薔薇の教団に正式に能力を認められてから、入信の誘いを幾度も断ってきた。
それでも生活資金の援助を申し出てくれて、必要ならばいつでも援助する用意はあるという姿勢はいまだに変わらない。
しかしこちらの承諾無しに支払われていた事なんてこれまで無かった。
「あの、その方は、青薔薇の教団の方だと名乗ったのですか?」
エスは不審と不安の入り交じった様子で尋ねた。
「どちら様ですか?と伺ったら『聖女様をお守りするよう派遣された使者です』とおっしゃったので、青薔薇の方だと。青薔薇の法衣を着た方でした」
「そうですか……」
青薔薇の、とは明言していない。
けれど法衣が部外者に簡単に手に入るとも思えないし、教団の判断で目立たないよう護衛を置いてくれる場合もあるので考えられる。
それに、例のわかりやすい尾行をしていた派手な男ならばすぐわかるはずだ。
「伝言をお預かりしてます」
二つに折られたメモを開くと、書いてあるのは一言だった。
『我々に出来るだけの事をしたい L』
エスは、差出人と思われる名前が気になった。
「エル……」
使者のイニシャルなのだろうか。
もしかしたらこれは教団としての判断ではなく、一部の、もしくは個人の独断なのかもしれない。
朝食にとパンまで預けていればそう思えてくる。
ひとまずそれを受け取って礼を言って、エス達はホテルを出た。
出たところで、小走りで急いでいた人とエスが出会い頭にぶつかってしまい、相手の持っていたバケツがその手から離れた。
それが花を運んでいたものだと認識すると、エスは咄嗟に手をかざした。
バケツはがらがらと音を立てて転がったが、花は水の中で無事空中にふわふわと浮いて守られた。
エスはホッとして相手に謝った。
「ごめんなさい。よかった、お花が無事で」
花屋のエプロンをした男は言葉をなくして浮かぶ花に釘付けになったが、謝られてハッとして深々と頭を下げた。
「申し訳ありませんでした!」
通りがかりの人々も驚き、足を止めて見ている者も居る。
さっと拾ったバケツを起こしたリュウが目で合図をすると、エスは指先を動かしてそこへ水を導いた。
たぷん、と元あった場所へ花と共に水が戻る。
見物人からは自然と拍手が起こった。
花屋は何度も頭を下げ、礼を言ってホテルへ花を運んで行った。
「はー、びっくりしたぁ」
思わぬハプニングでエスは乱れたコートをぱたぱたと整えた。
その時、エスの元へ小さな女の子がちょこちょこ寄ってきた。
じっと見上げる女の子を撫でて、こんにちは。と挨拶すると、女の子も拙い口調で挨拶を返した。
そして。
「ねぇ、神様はいますか?」
エスは目を丸くしたが、同時に女の子の保護者が近くに居ないか周りを見た。
女の子を見ておろおろと慌てた女性が申し訳なさそうにエスに頭を下げたのを見て安心し、エスはにっこりと笑み女の子と視線が合うようにしゃがんだ。
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