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ドラゴン

「聖女様は、神様を見たことがある?」

女の子の母親はリュウ達にも申し訳ないとぺこぺこ頭を下げている。
エスは小さなその手をとり、真剣な質問を受け取った。

「僕も、最初はそう思っていました」

花屋とのハプニングで起こした奇跡の業から見ていた者も、聖女様の答えに耳を傾けた。
優しい、穏やかな口調。
風がそよぐ様な、涼やかな声色が耳に心地よかった。

「神様は居るのか。居るなら何処に居て、何をしてるのか」

女の子の目を見ながら、ゆっくりと語る。

「どうして目の前に現れて、自分を救ってくれないのか?と」

女の子はこくりと頷いた。

「でもある時、神父様に言われたんです」

アキアとハルも、興味深く話に耳を傾けていた。

「『目を鍛えなさい』と」

難しい顔をする女の子にくすりと笑い、エスはかつて聞いた言葉を女の子に話した。

「『清い心を持ち、澄んだ目でものを見る事が大事だ。神はそのような人のものだ』と」

エスは小さな手を女の子の胸に導いた。

「湧き出る泉の水の様に、心を乱さず、汚さず、澄んだままで居ること」
「そうするには、どうしたらいいの?」
「例えば、嘘をつかない。誰かをいじめない。ママの言う事を聞く。悪い事はしない」

エスがちらりと母親に目を向けると、母親はパッと笑った。

「そうすれば神様と会える?聖女様は会ったことがある?」
「それでも僕は、まだ見たことがありません」

女の子の手を放して、今度は自分の胸に手を当てた。

「だけど感じる事はできる。様々なものに、神様は感じられる」
「いい子にしてれば、わたしもわかる?」
「はい。きっと」

女の子は元気よく頷いた。

「わかった!いい子にする!そうすれば神様がどこにいるかわかるようになるのね!?」

母親は礼を言い、女の子の手を引いて帰っていった。


「すごいね、エスは」

独り言ちる様に、ハルが感嘆の言葉を漏らす。
アキアも同じく呟いた。

「エスみたいに、神様を感じようと思った事も無かった」

ただ“清い心を持ち、澄んだ目でものを見る”だけじゃ叶わない。
己を見つめ、厳しく自分自身を律する、より崇高な精神がそこにはある。
だからエスは、その前段階である清心をあの少女に教えたのだ。

「朝御飯、食べよ?」

パンの紙袋を指し、エスは砕けた調子で言った。

「どうせなら景色がいい場所にしよう、ね?」

それが照れ隠しなのかはわからないけれど、アキアとハルはそんな明るく和やかなエスが好きだ。

「だけどそれ毒入りって罠とかないよね?」
「やめてよ、アキア!」
「ふん、あり得るかもな」
「リュウまでー!エス!二人が人の好意を疑ってまーす!」

エスはそのやり取りを見てあははと笑った。


高台へ来ると風がとても気持ちよく吹き抜けて、エスは目を瞑りすーっと深呼吸した。

「さてっ」

アキアとハルは朝食にありつけるのだと思ったが、違った。
エスはくるりと振り向いて、前方へ視線を投げた。

「どうも、初めまして。……ですよね?」

にこやかな表情を崩さずだったから、何を言ったかすぐには理解できなかった。

「ご親切に宿代をお支払いしていただいたのは、貴方でよろしいでしょうか?」

切れ長の目をすがめ、リュウはその人物を見た。

「朝食までご馳走になってしまって、何とお礼を言っていいか」

アキアは警戒心をあらわにぎゅっと眉間にシワをつくり、ハルは不審な顔だ。
比べてエスは大変のんびりして、警戒心の欠片も見せず笑みをたたえたままだ。

「お初にお目にかかります、我らが『御子』」

彼は右手を胸に当て、深く頭を下げて挨拶をした。

「あの、頭を上げて」

エスが声をかけるまで、彼は頭を下げたままだった。

つばの広い帽子とコートは鮮明な赤で、コートから覗く襟の白いレースには大きな赤いブローチ。
ブリッジで鼻にかけるタイプの片眼鏡をして、耳元でふわふわと波打つ髪は藤色だ。
何とも派手な装いの彼は、ずっとバレバレの尾行をしていた人物だった。

「ワタクシの名はエルヴィースト・クラウン。エルとお呼びください」

薄い唇で笑う。

「差し出がましい事と思いましたが、少しでも御子さまのお力になりたいと思い、我儘を通させてもらいました」

シャープな目尻。
視線は真っ直ぐにエスへ注がれている。

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あきゅろす。
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