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極道うさぎに恵みあれ

ただ無性に恐くて、無意識に膝の上で両手を握り締めていた。
チラッと移した彼の視線でそれに気付き、慌てて放す。

「トイレは?」

恐らく逃げてきた事に気付いているだろうに、にこりと笑って聞く彼は面白がっているようにしか見えない。
ここで嘘をついても仕方ない。
思いきって首を振った。

「逃げてきたんだ?嫌だよね。詮索されるのって。俺も嫌い」

風向きが変わった。
追及されるかと思ったのに。

「藤城って、人の噂話とかに興味無いでしょ?」

彼は俺が頷くのを待って、だよね。と微笑んだ。
それが嬉しそうに見えて、続く言葉も。

「陰で人の悪口とかも言わなそうだし。あ、言ってる?」

ぶんぶんと首を振ると、からかって言ったらしく、笑いながら隣に座った。

「そうだよね。よかった。そうかなと思って、話してみたかったんだ」
「俺と……?」
「そう。偏見とか無さそうだし。聞いても言いふらしたり陰口言ったりしなくて、そのまま素直に受け入れてくれそう」

彼は。
三浦君は、何かを打ち明けたいんだ。
そう察して、一度階下を確認してから口元で人差し指を立てた。

「しぃっ」
「…………?」
「声、響いちゃうから。しぃ、ね?」

囁くほどの声で伝えて、じっと彼が打ち明けるのを待った。
一瞬驚いた顔をしたが、三浦君も階下を気にしてから、顔を寄せてそっと囁いた。

「俺……、男が、好きなんだ」
「へー」
「へーって…!本当にすんなり受け入れすぎじゃないか!?」

小声でこそこそと、だが三浦君は興奮気味にツッコんだ。

「だって、僕は、そうだからって嫌う理由にはならないから」

誤解や偏見の辛さを、少しはわかっていると思う。

「詳しくはわからないけど……でも……。それって、個性だよね?」

三浦は言葉を失い、ただ一生懸命自分の思いを紡ごうとする恵を見た。
それは苦しそうにも、悲しそうにも見えて、三浦が思ったよりずっと藤城恵という人が優しく、器の大きな人だったのだと知った。

「多分、自分が思う“普通”の範囲より外にあるから、ちょっと変だなって思っちゃうのかな?って思う。俺は、他人より少し、その範囲が広いんだと思う」

恵が気を使って、傷つけないようにやわらかくい表現をしてくれているのだと三浦は感じ取れた。
それは薄っぺらな嘘ではなく、深い優しさから来るものだ。
謙遜するように苦笑したのさえ、本心からだと感じた。

ただ安全な場所に秘密を吐き出したかっただけなのに、三浦は理解ある友人を得た様な安心感と、心地よい解放感を得た。
だから清々しく、嘘無く言えたのだ。

「何かあったら俺も聞くから」

けれど青臭い友情ごっこを演じてるみたいで、やっぱり冗談めかして余計な事を言ってしまう。

「大丈夫だよ。藤城なら絶対裏切らないから」

笑いながらふざけて言うから、「いや、絶対言うでしょ!」とツッコむところだが、恵は幸せそうににっこりと笑って頷くだけだった。


ふわふわと日だまりの様な空気を背負って戻った恵を見るなり、愛らしい小動物が癒しのパワーを振り撒いてやって来たように見えて、政幸は我慢出来ずに両手を広げて飛び付いた。

「めぐちゃーん!もー、何処行ってたの!?」
「うん。ちょっとー」

黙ってすましていれば甘いマスクの男前なのに、天然で不思議な言動をとると認識されている。
精神的に幼く、空気を読まないから協調性も無いと誤解されるのはザラだ。
そこには致し方無い事情があるからなのだが、それでも同じ教室で過ごす内に憎めない人柄に気付く。

けれど恵が本当に心優しく、人の気持ちを思いやる人間だとまではなかなか伝わらないのだ。
だからこそ時に臆病で、痛みに敏感になってしまう事も。実は周囲を欺いている事に罪悪感を抱いている事にも気付かれない。

政幸はその中でも、愛らしい小動物に見えるくらいは恵に気付いている。
優しく素直で、癒しを与えてくれて。それがきっと痛みを知っているからだろうというぐらいには。
だから周囲の恵に対する評価が悔しいのに、本人がそこに関心が無い事ももどかしい。

だから政幸はただこうして、全力で恵への愛情を表現する事しか出来ない。

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あきゅろす。
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