極道うさぎに恵みあれ
第五話 お友達
朝から厳しい顔をして、三嶋さんと勇君は立っていた。
「今日からしばらく、高校への送迎は校門の前までになります」
「うん……」
毎日高級車で送り迎えをされていたら目立ってしまうし、家の事も勘繰られるだろうからと訴えて、いっちゃん達が譲歩した結果少し離れた路地までになったのだ。
あんな事があったのだから、こうなるのも当然だろう。
「危険がなくなったと一弥さんが判断されるまで、警備を数名つけますので」
「えっ、もう大丈夫なんじゃないの?」
送り迎えは心配だから念のためにだと思っていたから、警備をつけるほど警戒しなきゃならないのかと驚いた。
「向こうのお嬢様は単独で行動されてますので、あちらの組もお嬢様の行方を捜している状態なんですよ。だからまだ油断できないんです」
「恵さんの身の安全のためですから。我慢して下さい」
そう言われてしまっては嫌だとか言ってる場合じゃない。
二人は揃って門の外まで見送りに出てくれて、車内は緊張感に満ちていた。
校門の前に現れた見慣れぬ車が生徒達の注目を浴び、恵は重い溜息をついた。
いつも纏っているほわほわとした温かい空気はしゅんと萎み、暗く表情が陰ってやっと年相応に見える。
ずっと友人をつくらず、学校でも極力他人との付き合いを避けてきたせいか、同じ年頃の男子より言動が幼い傾向にある。
人を避けるその態度も含め、異質なものとして周囲に受け入れられてこなかった事も尚拍車を掛けている。
こうして居心地の良くない関心に晒されても、周囲との距離がまた更に広がるだけだったのに。
ユッキーだけが優しい関心をもって、根気強く構ってくれたから。
貴重なその存在に少しくらいと油断して突き放せずに、結局友人になってしまった。
そしてそんな優しい彼を介して、また他の人達と繋がってしまう。
無視すれば済んでいたものが、そうはいかなくなったのだ。
ほら。と、予想していた事態を前に恵はゆるやかに一つ、瞬きをした。
「あっ、おーはよー!めぐちゃーん!聞いた?昨日すごかったらしいね、めぐちゃんのお兄さん。ウチも紫央んちもめぐちゃんちの株急上昇よ!」
色々あって保護者会で何があったかなんて聞ける状況じゃなかったから、内心でハラハラしている。
ユッキーの話はお昼にでもゆっくり聞こうと思うが、それよりも今はクラスメイト達が恵の家の話題で盛り上がっているのだ。
「すーげぇエリートっぽかったってさぁ!」
「だって社長なんだろ?めっちゃ若いのに。すごくね?」
「貴族だよ、貴族!何か空気違うもん!普通に家が金持ちっつぅんじゃなくてアレだよ。むかーしから代々続いてるみたいな、由緒ある家っぽい!」
「藤城ってマイペースで天然っぽいし、やっぱおぼっちゃまって雰囲気だよなー。俺ら平民とは生まれからして違うのか」
「まー、でもわかるわ。俺も見たけど、ホント生まれた世界が違うって感じだよな」
兄が来る。来てくれるというだけで舞い上がっていた己を愚かしく思う。
兄が友人を黙認したのも、保護者会で人前に出たのも、最初からこういう展開を想定しておくべきで、当日になってどう言い逃れようなどと狼狽えるのはあまりに無防備過ぎる。
答えを期待した視線がいくつも寄越され、恵はごまかしきれずにその場を脱走することにした。
「トイレー」
拍子抜けした面々は、そんな恵を「やはりマイペースなおぼっちゃま」だと納得した。
教室から逃げてきた恵はトイレではなく、屋上へ続く階段に隠れて座っていた。
そっと息を吐き出して、冷たい壁にもたれる。
せっかく普通に接してくれているのに、また逃げて皆の気分を害してしまった。
ユッキーが居るから自分なんかにも構ってくれているというのに、これじゃあユッキーにも申し訳ない。
どうしてあんな自分勝手で空気を読めない奴と付き合ってるんだと責められたら、ユッキーに対して何にも弁解出来ずに友達を無くす事になるんだろう。
ぱたぱたと足音が近づいて、ユッキーが探しに来たのかと思ったらそうじゃなかった。
「藤城はよくここに居るね」
教室で話を聞いていた人だけに、何をしに来たんだろうと恐くて、こく、と小さく頷くので精一杯だ。
「一人が好き?」
数段下に立って、優しげな微笑を浮かべながら彼はこちらを見た。
だけどその問いには答えられなくて、困って黙り込んでしまうと、彼はふっと笑って質問を変えてくれた。
「俺のこと、知ってる?」
それにはこくこくと頷いて、恐る恐る、口を開いた。
「三浦君……」
何を言われるか。
何か知っているのか。
ここに居られなくなったらユッキーや紫央君とも別れる事になる。
その前にもう友人ではいてくれなくなるだろう。
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