極道うさぎに恵みあれ 5 今から殺す人間の話を聞いてしまうなんて。この人はこういう事に慣れてないのかな、と思った。 「どうしてそんな考え方になれるんだ……。殺されるかもしれないのに、何故そんなに冷静なんだ」 「必要があれば、役に立つ為にそうしなくちゃいけない。それも自分の役割の内なんだよ」 兄が自分を家業と関わらせないようにするのはそういう事だ。 何かあった時、命を落とすかもしれない事には関わらせたくないのだ。 だけどこの藤城家(いえ)に生まれたからには、そういう事も覚悟しておかねばならない。 どうせ殺されてしまうなら、せめて家の役に立つ死に方をしなきゃ。と考えるのは、やはり藤城の血を受け継いでいるからか。 それとも環境がそうなる事を強いるのか。 「殺す気はない。俺は、ちょっとこわい目に合わせろと人に頼まれただけだ。相手が子供だって知ってもともと気が進まなかったし、それもやめる」 「……いーの?」 約束を破ったら、その頼んだ相手に何かされるんじゃないだろうかと心配になる。 「ああ。依頼した人間の事も全部話す。その代わり色々と保証してもらいたい」 男はこちらに寝返る事にしたようだ。 あとは兄と詳しい交渉をするだろうと思い、安心もさせたくて一番にいっちゃんの携帯にかけた。 『恵!?』 二回目のコールの途中で出た声は必死で、それだけ心配させてしまったのだと思った。 「いっちゃん。大丈夫。平気だよ。ちゃんと帰れるから」 『何があったんだ!今、何処に居る!?』 「学校で知らない人に捕まって車に乗せられたんだけど、こわい目に合わせろって頼まれた人がやめるって。だから今その人と家に向かってる」 『なるほど。喋らなくてもいいから、家に着くまで電話を繋いだまま居なさい。いいね?』 「わかった」 まだ安心出来ないと警戒しての事だろう。 言われた通り電話は切らずに、そのまま膝の上に置いた。 家の前に着くと、そこにはいっちゃんや三嶋さん達の他にも、運転手さん達や組の人達まで何人も集まっていた。 「ただ今帰りました」 皆が安心して名前を呼び、よかったよかったと口々に喜んでくれた。 人前なのに、いっちゃんは構わずぎゅっと抱き締めて、お帰りと言ってくれた。 「家に入ってなさい。終わったら必ず行くから」 「うん」 いっちゃんがそれぞれに視線を投げると、組の人達がさっと男を囲んだ。 三嶋さんはそのままいっちゃんの後ろに控え、俺は荷物を持ってくれた勇君に急かされて家に入った。 いっちゃんが来たのは随分時間が経ってからで、既に日が暮れていた。 二人で話したいからと、俺の部屋に行ってベッドに腰掛けた。 「ごめん、恵。俺のせいだ」 「何で?」 理由も聞かないのにそんな訳ないと思ったのは、いっちゃんはいつでも完ぺきで、何でも出来るすごい人だと信じているからだ。 「俺に縁談があったのは覚えてるね?それを断ったのも」 その声色は暗く、どこか悲しげだった。 うんうんと頷くと、珍しくいっちゃんは溜息をついた。 「あれは向こうの組とも、完全に納得した形で解消したんだ。女性の顔を立てる為に向こうから断る形にしたのも、全部承知済みだった」 相手から頼まれて、こちらは渋々受けたのだと三嶋さんから聞いた気がする。 断る時も、弟が大事だという話ばかりをして向こうが怒ったと。 「だけど向こうのお嬢様は、ふざけた理由で傷物にされたとご立腹らしい。それで組には黙って、単独で暴走した」 「いっちゃんのせいじゃない。いっちゃんはちゃんと…!」 「いや。組が承知したからって、油断してたのは俺だ。恵に恐い思いをさせてすまなかった」 逆恨みし、相手の女性が一人で暴走しただけで、いっちゃんが悪いんじゃないのに。 「謝らないで?いっちゃんの責任じゃないから。俺は無事だったんだし、それに……」 言えば、またいっちゃんに余計な心配をかけるかもしれない。 だけどいっちゃんが辛そうに謝るから、言わずにいられなかった。 「こういうのも運命なんだよ。ウチに生まれたんだから、ちゃんとわかってる。いっちゃんが守ってくれてるのもちゃんとわかってるから、自分のせいだなんて思わないで」 やっぱり。 いっちゃんは、とても辛そうに笑ってみせた。 そうしてぎゅっと抱き締めて、頭を優しく撫でてくれた。 「いっちゃん。心配してくれてありがとう。捜してくれてありがとう」 「恵。生きててくれて、ありがとう。一人にしないでくれて……ありがとう」 そんな言葉を聞いたら……。 俺は涙を堪えながら、いっちゃんの背に腕を回す事しか出来なかった。 [*前へ][次へ#] [戻る] |