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シリーズ・短篇

待ち合わせの時間より早く来てしまっても、ここ『イリス』ではリコに優しい店員が多いので退屈せずに過ごせる。
それに特に連絡を取り合っていなくても高い確率でマルセロと遭遇できる。
彼とはこのバー以外で会ったことはないが、お兄ちゃんの様な親しみを覚えている。
初めて訪れた十七歳の頃から二年以上経つ。
その中でこれほど親しい関係を築けたのはエリオを除けば彼くらいだった。
そしてそれ以前も含めて、これほどの期間親しい関係が維持できたのも彼くらいだ。
己の性質というコンプレックスを抱えながら人に心を開くのは難しいことだった。

『イリス』では、エリオのガードが人を近付かせない。
はじめの頃はこの世界に受け入れられた喜びと安心感で、恋愛なんていうそれ以上の幸福にまで考えが至らなかったから。
そんな無防備なリコを保護者となって守ってくれていた。
次第に慣れて男からの秋波が察せられるようになると戸惑いが起こり、どう逃げるかということばかり考えていたから。
エリオがいつも助けてくれた。
エリオ自身がそうするように、下心を持った男の軽薄な誘いは唾棄される。
その点、はじめから見て見ぬ振りをしていたマルセロに対してはそういった心配がないのだろう。
実際マルセロには未だ子供扱いされているし、二人の間に何か起こるなんて互いにカケラも考えていないのはわかってる。
マルセロにとっては大したことない繋がりだろうが、そんな些細な人間関係を築けたのはリコにとって大きかった。
エリオがふるいにかけてくれたからこそ見えたものだと思う。

「あっ、居た」

入って真っ直ぐに見えるカウンターのいつもの場所に、鮮やかな赤い髪を見つけた。
筋肉のない薄く華奢な体のリコと違い、細身だが薄く引き締まった筋肉が覆っている。
その体のラインにぴったりとフィットするTシャツにレザーのジャケット、ダメージ加工のパンツはすべて黒。
黒ずくめのロックファッションに赤い髪が映える。

「マルセロ」
「おぅ、リコ」

キリッとした目元が男らしい印象なのに、大きな口で笑うと少し子供っぽくなる。
マルセロは似た格好をした仲間達と軽く飲むぐらいで、誰かの誘いに乗ってるのも誰かを誘ってるのも見たことがない。
その理由を聞いたことがないのは、そこに踏み込んでいいかわからないからだ。
ここに訪れる者は多かれ少なかれ自身の性質のことで傷付いてきた経験を持っているから、無神経にたずねるのは躊躇われる。
マルセロと親しいといっても、どんなタイプが好みか、決まった相手が居るのかといった話もまだ話したことがなかった。
逆にリコは最初になりふり構わず必死で無防備に泣きながらこのバーに飛び込んできたのもあって、マルセロや店員に笑い話にされることもあるくらいだ。
それにリコの場合は未成年だったから、周りが世話を焼いてやるのにある程度の干渉が必要だったのが大きい。

「何飲むの?ごちそうさせてよ」

カウンターに片ひじをつき、突然馴れ馴れしく話し掛けてくる男に戸惑い返事に窮する。
ツーブロックの黒髪を撫で付けた大柄の男。
身長はマルセロより高い。エリオぐらいあるだろうか。
けれども分厚い筋肉の上にマルセロやエリオにはない脂肪がついているので、エリオより大柄に感じ圧迫感がある。
表情や体が強張りながら、ふるふると首を振ってやっと断ったのに、いいじゃんいいじゃんと食い下がってくる。
奢ると言ってくるヤツは下心があるから気を付けろと、未成年の頃からさんざん言われてきた。
それでもこうして相手がすぐに引き下がらないと、マルセロや店員が間に入ってくれる。

「アンタここ初めて?無謀なチャレンジするねぇ」

オモチャを見つけた子供の様に、面白がって突っ込んでくるマルセロの態度にリコの方がひやっとさせられる。
ムッとする男に構わず、やめておけと続けて笑う。

「お目が高いけど、この子に手を出すならそれなりの覚悟がないとさ」

その言い草だとリコに相当な問題があるととられなかねないが、口を挟める感じでもない。

「コレがべったりの男ってのが、い〜い男なんだ。悪いけどアンタじゃ、相当頑張らないと敵わないよー?」
「マルセロ」

マルセロはエリオのことを言っているのだろうが、肩を抱きながら言うとマルセロがそうだと思われそうだ。
抗議のつもりで呼んだのに、案の定勘違いしたらしい男には恋人同士の戯れにうつったかもしれない。
舌打ちをして行ってしまった。

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あきゅろす。
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