シリーズ・短篇
2
言葉を失ったリコにエリオは何も言わなかったが、部屋を見回しているリコを横目でうかがっているのはわかった。
ぱちぱちと瞬きをして、リコはまず一つ目の質問を口にした。
この山にはこうしておく特別な意味があるのかと。
瞠目したエリオは「いや」とだけ発し、意味があってそこに山を維持しているのではないと示した。
それならただ面倒でこれらだけこうなってるのかという問いは肯定された。
だったら自分が片付けてもいいかと聞くと、返ってきたのは微笑みだった。
片付けに取り掛かったのは次に訪れた時で、本棚を買ったらいいのに。と言ったら次に訪れた時にはそこに空の本棚があった。
エリオに聞きながら仕事に使うものとそうじゃないものを分け、仕事のものでもよく使うものとそうじゃないものを分けて配置した。
エリオの真っ直ぐな黒髪が綺麗だと言ったら、エリオはリコの金茶色の髪の方がずっと綺麗だと言った。
エリオは前髪を上げ、サイドの髪と一緒に後ろへ流しているので、シャワーを浴びて髪が下りた姿は新鮮だった。
色っぽいとも思うけれど、可愛くも見える。
何より、その姿を見られる自分は特別な時間を過ごしているのだと思えてドキドキした。
引き締まった体に身長が百八十以上あるのでスタイルがいいのだが、エリオの裸を見て初めて細く見えていたのだと知った。
盛り上がった筋肉に分厚い胸板。
リコは高校生の時には既に同年代の男子に比べて筋肉が薄く華奢で、背も百六十後半とそんなに大きくはなかった。
その頃からほぼ成長していないので、男性と並ぶと大人と子供だ。
だからこそ、エリオはリコが成人しても近付いてくる男達から保護者の様にかばってくれていた。
だが。下心しかない男に無理矢理連れてかれて強引にされてしまうようなことになれば、何の準備もしていない器官は悲惨なことになると脅されて、リコは青くなった。
定期的に弄ってほぐしてようやくそこは受け入れられるまでになるのだという。
気を付けろと言われていた言葉にそんな意味が含まれていたなんて、リコは知らなかった。
エリオの家からそのまま大学に行くこともあり、自宅に居る時間は減っている。
ここで一緒に暮らそうと言われたのは、彼の腕の中、寝起きでぼんやりしている朝だった。
ずっとここに居ればいいと何度か言われたことはあっても真剣に受け止めなかったのは、戯れの一部だと思ったし、それが自分にとって現実的でなかったからかもしれない。
恋人ができる未来が来るとも思ってなかったから、まさか同棲するなんて恋人ができてからも予想もしなかった。
そうしたい。と頷くと、エリオは「それならもうちょっと大きいベッドを買おうか」と微笑んだ。
「せまい?」
「いや。そうじゃない。キリがない」
何のこと?と目で問うと、後ろからまわる腕が腹や胸を這う。
「お前を抱えているとつい触ってしまうから、いつまでも眠れない」
冗談でもなさそうな調子なので、照れながらもリコも真面目に答えた。
「確かに……」
触ってしまう方も困るだろうが、触られる方だって困る。
広いベッドになればその心配をしなくて済むかもしれないが、広くなればなったでそれなりのデメリットもある。
今は背中合わせになったって触れないわけにいかない。
「でも、もしケンカしちゃった時にエリオが離れて後ろを向いてたら僕、多分泣くと思う」
「それなら、ベッドに入るまでに問題は必ず解決する」
俺達のルールだと言った穏やかな低音が心地いい。
「うん」
エリオと一緒なら。そしてその関係がいつまでもこうして愛に満ちているなら、どんな状況だってそれは幸せと言える。
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