シリーズ・短篇
14
見張りに出るというイライアスを見送ろうとしたのだが、毛皮にくるまってまるまっているのを見ないと安心できないと言われておとなしく寝台に横になった。
髪を撫でられ、幸せなぬくもりを感じて眠りについたのに、怒声や物音で目が覚めた。
大勢が争いあうような騒がしさ。
嫌な予感。脳裏に浮かんだのは犬だった。
じっと息をひそめて騒ぎがおさまるのを待つのは落ち着かないが、非力な自分が出て行ったって足を引っ張るのは目に見えている。
「猫はどこだぁ!?」
次第に声が近くなっている。
イライアスは、皆は、子供達は無事だろうか。
イライアスはまるまって寝ていろと言ったが、万が一誰かがここに侵入したら逃げ場が無い。
そうなったらどうなるのかと恐ろしくなり、見つかる前に逃げねばと考えた。
そして浮かんだのは、あの泉だ。
群れでも知る者は少ない。
見つからずに辿り着けば、イライアスが必ず捜しに来てくれる。
決心して家を出たところで、タイミング悪く見つかってしまった。
「おい!お前、狼じゃないな!」
やはり、犬だ。
狼より大きくないが、一対一だってまともに戦える相手じゃない。
咄嗟に跳んで屋根に乗った。
振り返って確認するとバリバリとよじ登って来た。
登って来られないだろうという油断があって、一瞬走りだすのが遅れた。
「猫だ!」
仲間を呼ばれてはいよいよ敵わない。
バンバンとトタンを鳴らして走る。
足首をとらわれ、がくんとつんのめる。
必死に蹴飛ばしてもがっちり掴まれてしまって放れない。
マズイ。と焦るそこに追い打ちがかかる。
「よし!はなすな!」
「つれてくぞ」
ゾッとして、声が出ない。
それが更にマズイマズイと恐怖心と焦りに拍車をかける。
叫んで助けを呼ぶべきだと理性が訴えてるのに、のどがひきつって震える呼吸が漏れるだけだ。
「あ…っ、う…!」
乱暴に後ろ手に拘束されて肩に痛みが走る。
そのまま遠慮なしに引っ張って引きずるからとても抵抗などできない。
「い、た…っ、いた……」
恐怖で萎縮した悲鳴は犬達の荒らげる声で掻き消えていく。
「先にオレたちの獲物を横取りしやがったからだ。文句は言えねぇよなァ」
「ちょっとばかし図体デカいからって偉そうにイバりやがって!調子ん乗って見せびらかすからまんまと奪い返されんだよ」
引っ張りこまれた茂みに転がされ拘束が外れた一瞬の隙を狙ったが、思いきり肩を蹴飛ばされた流れでがつんと体重をかけて踏まれる。
「ぅああっ!」
「ちょっと毛色の違う猫だとは思ったが、まさか山猫サマだとは」
「ほォ、評判通りの美人じゃねぇか。大げさな話じゃなかったってワケだ」
「抵抗しなきゃあ殴られなくて済むんだ。お前も楽しんだ方が得だぞ」
たった二人の犬相手にこんな騒ぎになるとは思えなかったが、続々と仲間が集まってくると新たに絶望を覚える。
「いたっ、痛い!」
肩から足はどいたが強引に頭上へ両手を引き上げられ、手首をひとまとめに拘束される。
気遣いやいたわりなど一切無い、乱暴で傲慢な扱いのせいで、背をそらさねば肩が外れてしまうんじゃないかと恐ろしくなるほどだ。
悔しいがそのせいで些細な反抗をしてやることもできない。ばかりか、自ら胸を突き出すかたちになってより屈辱的だった。
「ゃ、いたい……。たすけ」
下卑た笑いと共に、悲鳴の様な音を立てて服が引き裂かれた。
女性達に縫ってもらった服が。
「あ……、ゃ……やぁ…っ」
じわりと滲んだ涙がこめかみを伝い、熱く何度もそこを辿る。
ひくんと揺れる呼吸を合図に、すすり泣きがこぼれ出る。
すがる様に幸せな時間を思い出すほどに、悲しみが増して涙がうまれる。
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