シリーズ・短篇
15
夜の冷たい空気に肌がさらされると卑しい声が上がる。
嫌だ。どうして、こんな目に。
何本もの手が胸や腹を這い回ると恐怖と嫌悪感が湧いてくるのに、どうやって楽しめと言うのか。
こちらの意志をまったく無視して下腹部に触れられた瞬間、いやだと悲鳴がのどから飛び出た。
「イライアス!たすけてッ!イライアスー!」
こんなヤツらに蹂躙されるのはたえられない。
「ここに居る!たすけ…!」
「チッ!うるせぇ!」
バシン!と頬を平手打ちされ、ぐわんと世界が大きく揺らぐ。
「イライアス……」
囁く様にかすかな音しか出ない。
不快な体温と重みのひとつが体の上から吹き飛んで行ったのは一瞬だった。
何が起きたか事態を把握するより早く、次々となぎ倒され片付けられていく。
すっかり拘束がなくなっても肩は痛み、腕が痺れて動かせない。
「フランシス!フランシス、無事か!?」
頬にやっと愛しいぬくもりが触れる。
「イライアス……。平気。ちょっと、触られたぐらいだから……」
「何が“ちょっと”だ!平気なわけあるか!」
「本当。腕がしびれて、動かないけど……」
イライアスが来てくれたら安心して、自然と笑みが浮かんでしまう。
けれどそれが彼には痛々しく映ったようで、かわいそうに……と殴られた頬を撫でた。
「ねぇ、皆は?大丈夫だった?」
「あぁ、無事だ。問題ない」
安堵の溜息が漏れる。
「イライアス!お嬢サンは!?」
「あぁ、無事だ」
息を切らして駆けつけた面々は、フランシスの微笑む顔を見てひとまずよかったと肩の力を抜いた。
そして転がってうめいている犬達を任せろと言って引きずっていった。
用心してか、そばには一人だけ残った。
「フランシス。少し動かすぞ」
こくりと頷くのを待って、イライアスはそっと膝裏と背に腕をさしこみ、慎重に抱えあげた。
腕の負担を考えて、子供を抱っこする様に上体を胸に寄りかからせるかたちにしてくれた。
「うぅ……」
「痛むか?酷くなければいいんだが……」
言いながら、優しく背中を撫でる。
「大丈夫です。しびれが引いてきましたから。でも……」
「ん?」
思い出したら悲しくなって、くすんと小さく鼻を鳴らす。
「服が……。せっかく皆さんに作ってもらったのに…っ」
「構わないさ。間に合わせだと言ってたろ?今、気合いを入れて何着も作ってるそうだからな。ウチの姫にヘタなもん着せられないってな」
「姫……?」
イライアスはふっと笑ったきり何も言わなかった。
男達にはお嬢サンお嬢サンと呼ばれているが、女性陣にまで姫なんて呼ばれ方をしていると思わなかった。
それは軟弱な点を揶揄してのことではないとわかっている。
立場を称してのことだろうが、それも認めてくれているからこそだと思う。
イライアスは護衛としてついてきた彼と目配せし、見張りに残して秘密の泉への道に踏み入る。
まだ腕を動かしにくいのでイライアスがかわり服を脱がせてくれた。
そして自らも脱ぎさり、フランシスを抱えて泉に入った。
体温の高いイライアスに抱えられているせいか、夜でも凍えそうなほどではなかった。
いたわる様に、大きな手が繊細な仕草で体を撫でて清めていく。
「こんなに薄く細い体を……」
犬どもめ。と毒づいて、痛めつけられた肩をいたわる。
「もう平気です」
「本当だな?痛みが続くようなら医者に」
「本当に。まだ完全に痛みが引いたわけじゃないですけど、不便が残るほどのものではないです」
ゆっくりと腕を動かしてみせると、イライアスはそうか。とひとまず納得した。
「悪かった。襲撃の人数が多くててまどった。犬どもがあんな人数で結託するとは……」
「やっぱり、数が多かったんですね。そうじゃなきゃ見張りの手を逃れるなんておかしいと思ってました」
「お前は奪わせない」
力強い約束に頷いて、その頼れる胸に寄り添う。
「僕の家はここです。あなたのそばがいい」
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