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シリーズ・短篇
11
いつまでも寝台を独占してしまうのは申し訳ないと言っても、イライアスはまったく譲歩してくれない。

「いいから。お前はそこでまるまっていろ」
「まるまっ……」

毛皮をかぶせ、猫扱いでぽんぽんとあやす様に叩く。
群れでは誰が狩った獲物でも、焼けたらまずイライアスに一番いいところを渡す。
イライアスのまわりにはいつも護衛のように屈強な戦士然とした男達が控えていて、リーダーというより、王の様な威厳と風格があった。
そんな人の家に招かれたことがそもそも異例なことだったのでないかと、時間が経つにつれじょじょに把握してきた。
狼に比べたらひ弱だから危険性はないと判断したにしても、何も知らない余所者を王自らが世話するなんて。
群れの皆は無礼だと怒るどころか、喜んで歓迎してくれている様子だ。
さっきもイライアスはわざわざ引っ張ってきて隣に座らせた後、自分の次に獲物の肉をフランシスに食べさせた。
許されないのではないかと恐る恐る周囲の目を気にしたが、やはりにこやかに見守るだけで、不穏な空気を滲ませる者は居なかったように見受けられた。
ここまでくると、“特別”だと自惚れてしまう。
山猫だから……と思うには待遇がよすぎる。なんてそう思うのは、願望なのだろうか。
実際、そうだったらいいな。と、胸の奥がほのかにふわふわと温かくなる気持ちもある。
引き締まった表情が動くことが少なくても、口数が多いわけじゃなくても、些細な接触で伝わるぬくもりが。
優しく包むような大きな心が、期待をふくらませていく。

「なんだ」

不躾に見つめてしまっていたから、物言いたげに見えたようだ。

「いえ、あの……。僕は、特別よくしてもらってるようで……」
「嫌か?」

否定しない。
特別扱いという自覚はあるのだ。
それならそれがどういう意味か、知りたい。
山猫がイライアスの、ひいては群れの益になると計算しているから?
いや。それでも……構わない。
イライアスに優しくしてほしい。
イライアスの腕が届く範囲で、彼にお前は特別だと言ってもらえるのなら。
それはとても光栄で、幸せなことだ。

「いいえ。僕は、山猫だから。恩あるあなたや、群れのために報いることができるなら……」
「フランシス」

表情と声の色に厳しさが滲んだだけで、彼の泰然とした格好はそのままなのに、途端にぎゅっと体が強張った。

「俺は山猫が使えるからお前を拾ったのではない。俺が犬どもの様に狡猾に見えたか」
「ごめんなさいっ、そんなつもりじゃ…!」

焦って上体を起こし、訴える。

「僕はただ、あなたの力になれたらって…っ」
「そうだな、すまない。わかっている。お前の心根は……」

再び穏やかな調子に戻ると、イライアスはめくれた毛皮を引き上げて寝かせてくれた。
それに従って横になりながら、そらされてしまった顔を見つめる。

「すべては俺のワガママだ。お前の世話を人に任せ、そのために他の者に渡す気などさらさらなかった。お前の意志とは関係なく、群れの者が皆特別視するだろうと予想できても……」

彼が特別に想えば、群れはそれを尊重する。
山猫だからではなく、彼の特別だから。
衝動が抑えきれず、手をのばしていた。
彼の手に触れたい。
人差し指と中指をつかまえて、その体温を楽しむ。
ぴくりと反応すると、逆にその大きな手で包まれてしまった。
きゅっと握り込むその仕草が、甘い感情を発生させる。
それが互いを包んでいるのだと、声に出さずともわかった。
おずおずと、気恥ずかしい思いでそろりと指から視線を上げる。
はぁっと、意図せず吐息が漏れ出ていく。
優しく甘い微笑が自分に注がれている。
身を屈めて近付く彼に、あごを上げて応える。
いたわる様な、優しい口づけだった。
壊れ物を扱うみたいに撫でて、抱き締めるすべての行為から、深く大切に想われているのだと感じられた。

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あきゅろす。
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