シリーズ・短篇
7
「テフもだんな様が好きなの?」
「はっ!?」
はずかしげもなくテトがいきなりそんな事を聞くから、テフは思わず叫んでしまった。
そして照れ隠しに憤る。
「よくそんな…っ、平気な顔して聞けるな!」
どうして?と不思議そうに首を傾げるのを見て、テフは疑念を抱いた。
もしかして彼は、自分達のような関係における問題を把握してないんじゃないか。
主従。身分。
それは大きな問題だ。
テフはよくよく丁寧に聞いてみたが、テトはそれらをきちんと理解していた。
公私をわけて、主人の顔を立てているようだ。
なのにこの恥じらいの無さは何なのか。
同じ立場にあるとはいえ、あまりに明け透けではないか。
人と恋愛の話をしたことは無いけれども、関係性、立場を考えたら少しくらい躊躇してもよさそうだが。
テフはこれを性格の違いだと納得しかけた。
けれどこの純真な獣人に抱いた疑惑は晴れない。
会って間もないが、テトが素直で純真、無邪気な子だとわかる。
つまり、子供っぽい。
そう。子供なのだ。
改めて言葉に出して確認するのも恥ずかしいが、テフはその疑問をぶつけてみた。
「テト。確認だけど……」
ルティから彼らの関係については聞いていたので、テフ側に確信はある。
「テトはだんな様とプライベートでのパートナーなんだろう?つまり、特別な人ってことだけど」
「うん。ミオスは特別に大好きな人だよ?」
本当にわかってるのかいないのか。
「オレが言ってるのは、テトがだんな様と恋仲なのかってこと!」
思いきって、恐れ多くも直接的な表現をしてみると、やはり。
テトは頬を押さえて恥じらい、狼狽えはじめた。
案の定。この子はだんな様への情動を恋だと自覚していなかったらしい。
いや、それでもまだ怪しいと思ったテフは、テトときちんと話し合った。
テトが恩人であり父の様に慕っていたマヘスへの気持ちとは違う。
テトがミオスへ抱いている恋しい気持ちは、たったひとつの大切なものだ。
一生を寄り添うパートナーとして、愛を誓う相手ということだ。
子供だなと笑ってからかわれたテトは、恥ずかしがってテフにじゃれついた。
ルティが抱いた印象通り、テトはとても感じのいい子だった。
テフは気付いたら笑顔になっていた。
ミオスの私室。
二人きりの私的な時間。
テトはいつもの様に膝に抱えられて、撫でてくれるミオスに甘えていた。
けれどいつもと違うのは、テトがほんのり頬を染め恥じらいを見せている点。
ミオスは太い指の背で、白くやわらかなテトの頬をふにゅりと撫でた。
熱く注がれる視線を上目で認め、テトは照れながらもミオスの手に頬をすり寄せた。
ふっと笑う息遣いにも愛情を感じて、テトは尚更嬉しくなる。
「どうした。今日はずいぶん甘えっ子なのだな」
愛らしい、と独り言ちる。
髪を掻き回すようにふわふわと撫でられて、テトはあごを上げてのどを見せた。
しばしのどを撫でられる心地よさに酔ってから、テトは自分の中で自然と気持ちが固まったのを感じた。
認識した事実を、この数日でやっと整理できたのだ。
「あのね?ミオス」
ミオスは、テトを抱え直して耳を傾けた。
「ぼく、ミオスがずっと好きだったの」
ミオスの顔色が曇るのがわかったが、テトは整理した気持ちを順番に話すことに集中していた。
「最初は多分お兄ちゃんとか、友達みたいな感覚だったけど。使用人としてお仕えするだんな様になって……」
ミオスは話を遮ることも、相づちもせず、静かに流れ行く言葉を見守っていた。
純粋な心の内から、その小さな手でひとつひとつ、ミオスに見せるべきものを丁寧に選び出しているように見えたから。
その作業を混乱させたくなかったのだ。
「マヘスはぼくの命を助けてくれた恩人で、お父さんみたいで。すごく大好きで大切な、特別な人だった。ミオスも大好きで大切な、特別な人。だけどマヘスとは違うんだって、この間テフと話して教えてもらったの」
するとテトはまた頬を染めてもじもじしだして、ちらちらと甘えた視線を寄越す。
ミオスは優しく微笑だけで返した。
「ぼく、知らなかった。こういうのは、他のとは違う。世界にひとつしかないんだって。ぼくはそれがミオスだった」
わかっていた。
本能的にわかっていたけど、それが一般的に広く知られる恋というものだと。
その認識がなかったのだ。
「“こういうの”とは?“それ”とは?お前の口で、はっきり聞かせてくれないか?」
「……恋」
綺麗な響きで発せられた単語は、愛が凝縮された、今までで最大の告白だった。
言葉にせずとも、確認せずとも気持ちは通じ合っていた。
それでも、こうして恋を自覚して、愛を確認しあえるのはとても幸せな行為だ。
「テト…!テト、愛している」
抱き締められて埋もれたたてがみから顔を出すと、テトも気持ちを表現するに相応しい言葉を選んだ。
「ミオス。ぼくも、愛してる」
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