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シリーズ・短篇

天地創造の後、主神は神々のために働く存在として人を創造された。
地上で人を管理していた神々はある時誘惑に負け、人と契ってしまった。
神々が半獣であったので、生まれた子供は獣人となった。

神々の血を色濃く継いだ獣人がより尊いとする思想は、そこから生まれた。
数千年経った現在でも変わらない。
それは宗教であり、差別であった。


テトは猫の獣人だが、猫らしいのは耳と尻尾くらいだ。
そこをのぞけば非獣人と何ら変わらない。
そういう者は獣人の世界では下位とされる。

神々に愛されなかった人間達は不吉なものとして忌み嫌われ、不遇の歴史を歩んできた。
非獣人の徒人(ただびと)は獣人以下の最下層の身分だった。
奴隷解放のあと自由と権利を得たが、未だ階級意識が根強い社会では蔑視される傾向にある。
神々の血の影響が薄いテトのような獣人もしかり。
身分の低い獣人は所得が低く、総じて貧民である。
街中に物乞いの子供が行き倒れていても誰も気にかけない。
テトの横すれすれを馬車が通っても、せめて端に寄せてやろうとする者も居ない。

神々の血を引く獣人は徒人と比べて何倍も寿命が長い。
それだけ肉体が若い時代が長いのだが、汚れて転がっているテトはまだ肉体も年齢も幼い。
それでも、誰の同情も寄せられない。
気にするのは獲物を狙う大型の獣くらいなもので、今も上空をワシが旋回して様子を窺っている。
羽を広げれば二メートル以上にもなるワシは、痩せた子供をさらうことなど容易い。
一度建物の端に止まり様子を見たら、もう少し獲物に近い建物へ移る。
じわじわと距離を詰め、狙いを定める。
羽を広げ飛び立ったら滑空していくはずだったが、ワシはくるりと方向を変えて飛び去って行った。
エサにありつく前に、ライオンに横取りされてしまったからだ。

獣の世界で王者と言われるライオンは、獣人の世界でも高貴であった。
立派なたてがみをたたえたライオンの頭を持つ貴人が、テトを片手でひょいと拾いあげた。

猫の獣人はほとんどが小柄で、平均的な徒人ほどになれば大きな方だ。
それに比べてライオンの獣人は大変大きく、徒人が見ても巨人のように見える。
太く頑丈な骨格に、分厚い筋肉が覆う。
その頭に相応しい肉体を持っている。
そんな巨大な貴人に拾い上げられて、畏怖で震えるテトは声もあげられなかった。
しかし彼はテトを自分が乗ってきた馬車に入れたばかりか、足元ではなくきちんと席の上へ寝かせてくれた。

彼は何も言わずにテトを連れ帰った後、使用人達に命じ風呂に入れさせた。
そして新しい服を用意して、医者にみせ、食べ物を与えてくれた。
これはもちろん特異な事で、不満や反発を生んだ。
館中の者からテトはうとまれ、虐げられた。
それでも主人のマヘスはテトを追い出したりせず、落ち込んでいる時は慰め、泣いていると膝に乗せて撫でてくれた。
マヘスはこの館内では唯一の肉親である一人息子のミオスと同じくらいにテトを可愛がり、特別に扱ってくれた。

ミオスはテトより数年だけ年が上だったが、体格も精神的にも大人で、何かと幼いテトを気にして面倒を見てくれた。
マヘスには父の様に、ミオスには弟の様に可愛がってもらっていると。おこがましいが、テトはそう実感していた。

薄い茶の髪からぴょこんと出た耳は、成長しても幼い時のままふわふわの毛のままだった。
髪質がやわらかいせいもあるのかもしれないが、耳の先がてろんと少し垂れているのも赤ちゃんの様だ。
ミオスがマヘスと変わらないほど大きくなっても、テトはやっと彼らのへそぐらいの身長だ。

マヘスはよく、テトの目を「きれいな色だ」と言って褒めてくれた。
だからテトは自分の水色の目が好きになった。

テトがどうして自分を拾ってくれたのか聞いた時、マヘスは隠さずに教えてくれた。
神々を敬うのはよい事だが、高貴な血統だからといってもれなく尊ぶ風潮に疑問を抱く、と。
それは軽々しく言ってはいけない事だとテトにもわかっている。
人権問題だけでなく、場合によっては宗教批判ととられてもおかしくない言い方だ。

「これは、我々に課せられた罰なのかもしれない」

彼は言った。

「神々を誘惑し堕落させた徒人と、誘惑に負け天を裏切って地上を選んだ神々に対する。主神からの。血の呪いなのだ」

誰にも喋ってはいけないよとマヘスは言ったが、それが保身のためでないとテトはわかっていた。
マヘスはいつも、テトのことを息子のミオスと同じくらい考えてくれた。
そしてマヘスはテトをそうやって扱うことで、ミオスにもその思想に気づいてほしいと願っていた。

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