Lovely Prince 第十五話 彼等はその幸せを願う 職員室前の廊下は時折人が通るだけで、朝の忙しい空気の中自分達はそこでぼんやりと職員会議が終わるのを待っていた。 来週末、京のお兄さんちに行く事で外泊許可を貰わなければならない。 壁に寄りかかり長く息を吐き出しながら、今朝から微熱のある額を押さえる。 すると無言でそれを退かされ、自分のより大きな手がそこに触れる。 「頭痛い」 言うと、前髪に手を差し込んで横に流し、無言のままそっと抱き寄せられた。 そこに言葉が無くとも、想いなら伝わる。 だからこっちも敢えて言葉にはせず、制服のジャケットをつまんで素直にその胸に寄り掛かる。 時折起こる目眩やこういった体調不良は精神的なものが原因だと一真さんから聞かされた。 ならば、とそれをいい事にこうして思いきり甘えてしまう。 突如騒がしくなり職員会議が終わった事がわかると、京は一人入って行き、自分はそこに座り込む。 少ししてやって来たのは黒川で、俺を見つけると体調が悪いのかと心配してくれた。 悪い事は悪いのだけれど、用があってここに居る事を言うと、そうか。と笑って隣に腰を下ろした。 そして少しの間をおいて話し出したそれは真剣なトーンで、こちらも黙って耳を傾ける。 「やっぱり、噂話を聞いている内は、本当の二人の事はわからないのかもな」 それはいつかの京の言葉を連想させた。 外から見てるから俺達の事を知らないだけだ、と。 黒川も仲良くする様になってからそれを実感したのかもしれない。 「近くで見て、やっと二人の繋がりの深さや強さってのがわかった。京に言われた事の意味がわかってきたよ」 何も言わなくても、そばで守ってやれる。 何故それが出来ないんだ、と掴みかかった事があった。 黒川はそれに苦笑して続ける。 「自分の事よりも、きっと新海の事を想ってきたんだろうな。だから、新海の幸せがアイツの幸せなんだ」 独白の様なそれに京の顔が浮かんで赤面してしまった。 「敵わなくて当然だ」 京はただ守る為に力を使い、黒川は自分のものにする為に使った。 自分なら出来る、自分だけが出来る、と。自分本位の考え方しかしていなかった。 「でも今は、新海が京と幸せに居られる事が、俺の幸せだ」 真面目に伝えてくれた想いは胸をいっぱいにさせる。 目を合わせて笑うと、黒川もニッと笑った。 気まずくない沈黙を過ごした後で出てきた京は、二人を見比べて何やってんだとツッコんだ。 「別に」 「お前には言えない内緒話を、新海とな」 「はぁ?」 一旦眉間にシワを寄せたが、大した事ないと判断したのか、さっさと本題に入る。 「外泊届出しといたぞ。千草もいいって」 「は?本人が書かなくていいのか?」 「あの人適当だからな」 担任が適当だからという事で済ませていいのか。 引っ張り起こされてさりげなく腰を支えられたけれど、話はすでに黒川と来週末の事に移っている。 「くそ……二人で新婚気分か」 「俺の特権!」 話が若干それている気もしなくはないが。 「裸エプロンだって夢じゃない!」 「男のロマンだな」 「バカか!そんなん出来るか!黒川も乗るな!」 冗談とわかっていても恥ずかし過ぎる。 それをさらっと流す事が出来なかったばかりに、二人に面白がられる羽目になった。 むくれて顔を背けると京はポンポンと頭を撫でた。 「よかったな」 京に向けられた黒川の声は一転、二人で居られる事を喜んでくれている様だった。 それを受け止め、他に何も言わずただ一つ返事した京。 二人の間にある友情が感じられた瞬間だったのに、照れをごまかす為なのか去り際またもや蒸し返すそれ。 「じゃ。裸エプロン頑張れ!」 「おう!任せろ!」 「しないっての!!」 教室へ戻る途中、何気なく目をやった中庭に動くものを見つけて足が止まる。 またあの猫で、ベンチに飛び乗ると毛繕いを始めた。 「千草、早く行かないと」 「猫」 「うん、猫はわかったから。ほら早く、行くぞ」 「なぁああっ」 後ろから抱き込まれ無理矢理歩かされて拗ねる。 ちょっとくらい、と訴えてみても頑として受け入れてはもらえず、果てには笑い始めた。 結局諦め、朝早く荷物だけ置いておいた教室まで戻ってきた。 が、その時。入る寸前に怒鳴り声がして、思わずその場で固まってしまう。 「新海が望むと思ってんのか!」 声は、のんびり黒川と話している間に来ていたと思われる担任のもの。 何が起こっているのか、不安になって京を見上げる。 京もわからないと言う様に肩をすくめ、二人でそのまま様子を伺う。 「だって!高木先生が居なかったら二人は今みたいに…!」 「実際居なくなってから明らかに平和だし、な」 「捕まる様な事してんだぞ!?」 賛同して重なる声。 [*前へ][次へ#] [戻る] |