花シリーズ 番外編
サクラサク 2

 生徒らを見送った小向野は、目の前に立っている二人に改めて向き直る。
「亮太、晴。お前達も入学おめでとう。うちの制服、似合ってるぞ」
「へへへ」
 くすぐったそうに照れる二人に微笑んだ小向野だったが、その眉根がつと上がった。
「なあ、亮太。ネクタイの結び目が緩すぎやしないか。ワイシャツのボタンも外れてるぞ」
 注意された亮太は口を尖らせる。
「えー、だってオガ先輩が『制服は崩して着るもんだ』って。入学早々舐められないように、カッコよく決めていけって」
「入学早々の一年坊主は可愛いぐらいで丁度良いんだ。服装の乱れは心の乱れの写しだぞ。きちんとボタンをはめなさい」
「はーい」
 亮太が渋々制服を直すのを見守りながら、小向野は次に晴に言う。
「晴、日本の高校受験は大変だったろう。勉強をよく頑張ったな」
 十三才で日本の土を初めて踏んだ帰国子女の晴は、会話はできても日本語の読み書きに不安があると聞いていた。晴が生粋の日本人と同じようにT高の一般入試を受けると知り、立場の都合上、受験生との接触を避けていた小向野は、晴の勉強の進み具合が気になって仕方がなかった。
 しかし小向野の心配をよそに、晴はけろりとしたものだ。
「うん、頑張ったよ。オガ先輩が『T高は受験番号と名前さえしっかり書けていれば受かる』って言うから、俺、自分の名前を漢字で書く練習いっぱいしたんだ」
「全く…… お前達の先輩は、ろくなことを教えないな」
 晴達の口から義光の名前を聞いた小向野は、情けなさそうに眉を下げる。
 柔道に明け暮れた学生時代は、寮生活を送り食に気を使っていた小向野も、現役を退いて教師になってからは、一人暮らしの気楽さをいいことに、毎日の食事をほぼ外で済ませるようになった。
 その習慣は校長に昇格しても改める気になれず、T市に引っ越してすぐの頃、学校とマンションの往復の真ん中にあって立ち寄るのに便利な、エメラルドという名のレストランのドアを開けた。
 小向野は大食漢だが腹が満たされればなんでもいいという口だし、レストランの入り口の小洒落たアンティークドアに興味があったわけでもない。
 それでも二日と空けず通い詰めるようになったのは、エメラルドがどこか懐かしい家庭料理の味がする洋食を提供し、音楽の生演奏を聞かせてくれる特異なレストランだったからだ。
 若い時期、柔道一辺倒の生活の気分転換にヘヴィメタルロックを好んで聞いていた小向野は、最初に訪れた日から三ヶ月も経たぬうちに、エメラルドの常連客として迎え入れられるようになっていた。
 常連になれば、エメラルドで演奏する音楽家達と顔見知りになるのは必然だ。ほどなくして小向野は、バンドマンの若者のひとりと言葉を交わすようになった。
 それが亮太と晴の言う“オガ先輩” ――小笠原義光である。




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