花シリーズ 番外編
泣き虫王子と四人のお供 前編
*おとぎ話風で、コメディータッチのお話です。ベッドシーンは皆無です。お正月(2018年の)に思いついてから、本編そっちのけでノリノリで書いてます。前編後編と分けましたが、いつもより1ページが長めですので、適当にブクマかなにかしながらお読みください。こういうの、お嫌いでなかったらどうぞ。


「晴、起きなさい」
 眠っていた晴は、威厳のある声に揺り起こされた。
「んー、やだ…… 俺まだ眠い…… もう少し寝かせて」
 目を開けられずに毛布を被り直して二度寝しようとしているところを、再び同じ声に起こされる。
「起きなさいったら起きなさい。アンタがのんびり寝ている間に、西の魔女が大志姫を攫っていったわよ。取り返しに行かなくていいの?」
「えっ?」
 いきなりの展開に、晴は驚いて飛び起きた。
「あれ、タカ先輩?」
「違います、白の魔女です」
 ベッドの脇に、フリフリがいっぱいついたアリス風ワンピース姿の高遠が立っている。
「先輩、今日ちょっとメイクが濃くない?」
「……わたしは、姫を取り返すために冒険の旅に出る王子を手助けする白の魔女。さあ、晴王子。大志姫を救う旅に出るのです!」
「でもあの先輩、メイクが濃……」
「チチンプイプイの、ほいっ!」
 晴のツッコミを完全無視した白の魔女が、手に持っている杖を振る。
 杖の先端についた星がピカピカ光ると、あら不思議。晴のパジャマが純白のチュニックに純白のタイツ、腰に剣を差しマントを羽織った王子の衣装に変わった。
 マントは晴の名前に相応しく、澄みきった空を思わせる水色だ。
「くっ、似合いすぎててダメ出しができないわ」
 高遠こと白の魔女は悔しそうに呟くと、晴王子の襟首を掴んで家から引きずり出した。
「さあ、晴王子。今こそ冒険の旅に出る時です。大志姫を取り戻すまで、家に帰ることは許しませんよ。この先様々な困難が待ち受けているでしょうが、旅の途中で出会う四人のお供がアンタに力を貸してくれるでしょう。お腹が空いたらこのカレーまんをお食べなさい」
 白の魔女はそう言うと、カレーまんが四つ入った袋を晴王子に手渡す。
「西の魔女のお城は、ここからずっと先の西の果てにあるわ。その最上階に大志姫は囚われています。気をつけてお行きなさい」
「うん、ありがとう。行ってきます!」
 晴王子は白の魔女に手を振り、大志姫を救う冒険の旅に出発した。


★☆★☆★


 出発してすぐに、晴王子は最初の困難に行き当たった。
「どうしよう、西がどっちか分からない」
 先ほど白の魔女に手を振った勢いはどこへやら、心細さに涙がこぼれる。
「晴王子、どうか泣かないで」
 大粒の涙をこぼす晴王子に、優しく声がかけられた。
「あ、ユウイチ!」
「違います、僕は通りすがりの犬です」
 目の前に、フサフサの耳と尻尾が生えた祐一が立っている。
「でもユウイチ、二本足で立ってるよね」
「……お腰につけたカレーまん、ひとつ僕にくださいな。そうしたらあなたのお供になりましょう」
 晴王子のツッコミを完全無視した祐一犬が、肉球のある手のひらを差し出す。
「お腹が空いてるの? はい、どうぞ」
 祐一犬は晴王子が惜しみなく分け与えたカレーまんを食べ終えると、おもむろに地面に四つん這いになった。
 そしてその場をくるくると数度回り、ぴたりと止まる。
「『犬が西向きゃ尾は東』って言いますね。晴王子、僕の頭がある方が西ですよ、ワンワン!」
「よし、行こう!」
 元気を取り戻した晴王子はお供になった祐一犬を従え、西に向かって歩き出した。


 しばらく進むと、二人の行く手に広い川が立ち塞がった。
「どうしよう。船も無いし、これじゃあ向こう岸に渡れないよ」
「晴王子、しっかりして」
 目に涙を浮かべた晴王子を祐一犬が慰める。
「お前ら、そこで何してんだ?」
 額を突き合わせて困り果てている晴王子と祐一犬に、声がかかった。
「あ、オガ先輩!」
「違う。俺はこの川に住んでる河童で、オガ悟浄ってもんだ」
「河童なのに、頭にお皿を載せてないの?」
「うっせ。俺ほどの男前の頭に、皿の形のハゲがあったらおかしいだろ。いいんだよ、これで。それより晴王子。お前が腰につけてるモンを俺に寄越しな。俺ぁ、いつもは井◯屋の肉まんしか食わないんだが、しょうがねえ。カレーまんで手を打って供に加わってやるよ」
「はい、どうぞ」
 ツッコミを無視するどころか完全否定したオガ悟浄に気を悪くすることもなく、晴王子は素直にカレーまんを渡す。
 カレーまんを食べ終わったオガ悟浄は、河原に仰向けに寝転んだ。
「お前ら二人とも、俺の腹の上に乗りな。泳いで川を渡してやるよ。ああ、言っとくが、俺は3Pと獣姦は趣味じゃねえ。イタズラはしないから、安心しな」
「???」
 意味がよく分からなかったが、河童の腹に乗った晴王子と祐一犬は無事に川を渡ることができた。


 祐一犬とエロ河童ことオガ悟浄をお供に連れた晴王子は、西へ西へと進む。
 しばらく行くと、今度は海に出た。
「どうしよう、行き止まりだ」
「これくらいのことで、いちいち泣くんじゃねえ」
 今にも泣き出しそうな晴王子に、エロ河童の叱責が飛ぶ。
「でも……」
「おーい、おーい」
 立ち往生している晴王子一行に、声がかかった。
「あ、長靴をはいた猫だ!」
 羽飾りのついた帽子を被った長靴をはいた猫が、砂に足を取られながらも海辺を一生懸命駆けてくる。
「ちょっとちょっと晴王子様、なんで俺だけ役名なの? そこは『あ、リョウだ!』って呼んでくれなきゃ」
 ツッコむより先にツッコまれてしまった。
「ま、いいや。晴王子様、俺にもカレーまんちょうだい。起きてすぐに走ってきたから、もうお腹がぺこぺこだよ」
「はい、どうぞ」
 袋の中のカレーまんはあと二つしか残っていなかったが、晴王子は出し惜しみすることなく長靴をはいた亮太に分け与える。
 カレーまんを食べ終わった長靴をはいた亮太は、帽子を取って胸に当て、晴王子に恭しく一礼した。
「我輩は、貧しい粉挽き職人の三男坊を王族に出世させた実績を持つ賢い猫である。一宿一飯の恩義に感謝し、お困りの晴王子様に知恵を貸してさしあげましょう」
「道が無くて、困っているの」
 晴王子が訴えると、長靴をはいた亮太は長靴を脱ぎ捨て、足の爪で思い切り砂を蹴って高くジャンプした。
「びっくりしたニャーン!」
 決まり文句を叫びながら見事な宙返りを見せ、砂浜に着地した長靴をはいていない亮太は、髭をしごきながら得意げに振り返る。
「晴王子様、あそこの波間に海底が見え隠れしています。もっと潮が引けば、海の中に道が現れるでしょう」
「よし、行こう!」
 王子一行は引き潮になるのを待って、海の中に現れた道を歩き出した。


 祐一犬とオガ悟浄と長靴をはき直した亮太をお供に連れた晴王子は、とうとう西の魔女が住むお城が見えるところまでやって来た。
 けれどここから先の道のりは複雑な迷路になっていて、お城まですんなりと辿りつけそうにない。
「困ったな」
 晴王子はお城を見つめながら呟いた。
「晴王子、もう泣くのはやめたの? いろんな困難に勇敢に立ち向かってきたから、強くなったんだね」
「もしかして、前原先輩?」
 迷路の入り口に、マフラーやネックレスやブレスレットをごちゃごちゃと身体に巻きつけたブリキの人形が座り込んでいる。
「そうだよ、よく分かったね」
 ブリキの前原は壁にもたれたまま、顔だけを上げた。
「僕は何故だか分からないけど西の魔女の怒りを買い、ブリキの人形に姿を変えられてしまった前原国彦です。ああ、晴王子がお腰につけたカレーまんをくれたなら、僕は動けるようになって、きっと王子の役に立てるのになあ」
「はい、どうぞ」
 これが最後のカレーまんだったが、晴王子は袋から取り出すと躊躇わずにブリキの前原に差し出す。
 ところがブリキの前原がカレーまんを受け取ろうとした時、晴王子のお腹がグー、と鳴った。
「……」
「……」
 しばらくの間二人は無言で見つめ合っていたが、ブリキの前原が先に視線を逸らす。
「……やっぱりいいや。カレーまんは晴王子が食べてください。僕のことは放っておいて、早く先に進んで」
 晴王子はカレーまんを返そうとするブリキの前原の手を握りながら言った。
「ううん、いいんだ。俺はタイシを取り戻して家に帰れば、タイシに美味しいご飯を作ってもらえるから。だから前原先輩。このカレーまんを食べて、俺達を西の魔女の住むお城まで案内して」
「ありがとう。ありがとう、晴王子」
 ブリキの前原は固い表情のまま微笑むと、やっとカレーまんを受け取った。そして胸の蓋を開け、中にそっと仕舞う。
「ああ、温かい…… さあ、優しくて勇敢な晴王子、僕についてきてください」
 ギギギ、と関節を軋ませながら立ち上がったブリキの前原は、両腕を突き出し、勢いをつけて迷路の壁に向かっていった。
 ブリキの前原が突き進むと、迷路の壁にブリキの前原型の穴が空く。
「カレーまんが動力って」
「いや。ある意味、俺達も同じだろ」
 ドン引いている長靴をはいた亮太とオガ悟浄には構わず、
「よし、行こう!」
 晴王子は元気良く号令をかけると、迷路の複雑さは無視して、ブリキの前原が次々と開ける穴をくぐり、西の魔女が住むお城へと最短距離を進んだ。




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あきゅろす。
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