花シリーズ 番外編
泣き虫王子と四人のお供 中編

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 ブリキの前原を道案内にして、祐一犬とオガ悟浄と長靴をはいた亮太を連れた晴王子は、とうとう西の魔女が住むお城に到着した。
 五人一緒に花の咲き乱れる前庭を抜け、お城の広間に足を踏み入れたところで、突然ブリキの前原が座り込む。
「前原先輩、大丈夫!?」
 心配して駆け寄った晴王子を、ブリキの前原は無表情に見上げた。
「すみません。カレーまんの燃料が尽きたので、道案内はここまでです。西の魔女は広間の奥にいますから、僕に構わず進んでください。優しくて勇敢な晴王子、ああどうかご無事で。あなたのお役に立てて、嬉しかっ……」
 言い終わらぬうちに、ブリキの前原の首ががくりと垂れる。
「前原先輩、前原先輩!」
「あ、言い忘れましたが、西の魔女は失恋のショックで眠れなくなりイライラしていて、普段より二割り増しで凶悪になっているそうです。でも西の魔女を倒せば大志君だけじゃなく、僕とオガ先輩と亮太と祐一君の呪いも自動的に解けますからね。晴王子、頑張って。ガクッ」
 いきなり顔を上げ言うだけ言うと、ブリキの前原は今度こそ動かなくなる。
「あれ、俺達も西の魔女の呪いにかかってるのか」
「俺、生まれた時から自分はこの姿だと思ってたよ」
「僕もです」
「よし、みんなの呪いを解きに行こう!」
 オガ悟浄と長靴をはいた亮太と祐一犬が呑気に交わす会話を尻目に、晴王子はブリキの前原から手を放し立ち上がった。


「ようこそ、僕のお城へ」
 広間の最奥に、西の魔女が立っていた。
 頭からすっぽり被った黒いローブは上質なビロード製で、西の魔女が身動きする度に、光沢のある黒が微妙に色を変える。
 それはまるで濡れたカラスの羽のように美しく、黒光りするローブをまとった西の魔女は、気高く気品に満ち溢れて見えた。
「君達がなかなか来ないから、待ちくたびれちゃったよ」
 そう言った西の魔女が、大きなあくびをしながらフードを取った。
「あれ、ニッシー?」
「違うよ。僕は西の果てに住んでいる、上品で気品に満ち溢れた黒の魔女だよ。黒魔女の中でも魔力が強いから、特別に西の魔女とも呼ばれているけどね、キシシシシ」
「確かにフードを被って黙っていれば、上品に見えるな。ただし、フードを取って笑った顔で台無しだ」
 濃い紫色のシャドウを塗った目を血走らせ、下品な笑い声を上げる西の魔女に、オガ悟浄がたまらずツッコミを入れる。
「ふーん、義光。恋人だった僕を捨てた罰で河童に姿を変えられたのに、まだそんなことが言えるなんて余裕だね。じゃあ、これならどうかな」
「お前を倒せば俺は元の姿に戻れるんだよな。おう、受けて立つぜ」
 晴王子を差し置いて、元恋人同士の一騎討ちが始まった。
 ファイティングポーズを取ったオガ悟浄を前に、西の魔女が呪文を唱え始める。
「赤塚」
「……あ?」
「石黒、臼井」
「ま、まさかお前、その呪文は……!」
「江崎、奥村、柿谷」
「おい、やめろ! やめてくれ!」
 西の魔女が唱える呪文を聞いたオガ悟浄の顔が、さっと青ざめた。
「岸上、黒沼、“け”は無くて、次が近藤、坂下」
「やめろって言ってるだろ、そばで祐一が聞いてるんだぞ! 西村のクズ! 大馬鹿ヤロー!!」
「あっ、オガ先輩、待って! その呪文はなに!?」
 晴王子の制止を振り切り、呪文を聞かずにすむよう両耳を塞いだオガ悟浄は、広間の右手に伸びる廊下に逃げ込み、姿が見えなくなった。
「ひひひ、僕の勝ちだね。ふぁぁ」
 あくびをしながら満足そうに微笑む西の魔女に、晴王子は驚きを隠せない。
「凄い。オガ先輩をたった一撃で倒すなんて。あの呪文は一体なんだったんだろう?」
「ああ、あれはね、義光が過去に寝たことがある男の名前を、あいうえお順に並べたんだよ。まだほんのさわりだったのに、よっぽど祐一君に聞かせたくなかったみたいだね、ひひひ」
「晴王子様、お下がりください」
 睡眠不足からくる西の魔女の充血した目が晴王子を捉える前に、長靴をはいた亮太が進み出た。
「おや、次はリョウの番なの?」
 自分をグッと睨みつける長靴をはいた亮太の姿を、西の魔女は面白くもなさそうに見やる。
「ま、誰でもいいけどさ。ねえ、リョウ。そもそも君は、こちら側の人間でしょ? 今までこれっぽっちの小銭を大喜びで受け取って、僕のために働いていたじゃない」
 西の魔女はローブの合わせ目から手を出すと、長靴をはいた亮太に小銭をチラつかせた。
「わ、我輩…… 俺は」
 その小銭に目が釘付けになりながらも、長靴をはいた亮太は歯を食いしばる。
「オガ先輩の恋人になれるよう、俺に裏工作をさせていたニッシーと違って、晴王子様は何の見返りも求めず、タダでカレーまんをくれた。だから俺は、このご恩に報いるため」
「おっと、手が滑っちゃった」
 長靴をはいた亮太の台詞を遮るように、西の魔女がわざと小銭を転がす。
「あっ! 待てー、五百円玉ー!」
「リョウ、行ったらダメだ!」
 晴王子の制止も聞かず、チャリーンと高い音を響かせて転がっていく小銭を追いかけ、長靴をはいた亮太は広間から左に伸びる廊下の奥に消えていった。
「ひひひ、僕の勝ち。ふぁぁ」
 またしても大きなあくびをしながら、西の魔女がほくそ笑む。
「ううっ」
 窮地に立たされた晴王子を庇うように、今度は祐一犬が進み出た。
「西村さん、もういい加減にしてください。オガ先輩をやっつけたことだし、捨てられた復讐ができて、充分気は済んだでしょう? 晴王子に大志姫を返してあげて」
「ふふん、今度は祐一君か。君には僕の呪文は効かないみたいだね」
「そりゃそうですよ。あんな呪文ごときで動揺していては、オガ先輩の恋人は務まりません」
 やれやれと肩をすくめる祐一犬に、西の魔女はイラッとした顔をする。
「ふーん、そうなんだ。じゃあ、これならどうかな」
 西の魔女は首に結んでいたリボンをほどくと、祐一犬の前でいきなりローブの合わせ目を左右に開いた。
「!!!」
 ローブの中身を見せられた祐一犬の目が、点になる。
「ほーら、ほら」
 祐一犬の前で、執拗にローブを開け閉めする西の魔女。
「ヒッ! ギ、ギャー! イヤー! オエエッ!! ボオエエッ!!」
「ユウイチ、どうしたの!? なにを見せられたの!?」
 晴王子の質問に答える暇も無く、苦悶の表情を浮かべた祐一犬は、みるみるうちに石に変わった。
「くっ」
 四人のお供を瞬時に失い、呆然と立ち尽くす晴王子を、ローブの合わせ目を閉じリボンを結び直した西の魔女の充血した目が捉える。
「おやおや。ずいぶんと大口を叩くからさあ、よっぽど義光に仕込まれているのかと思ったら、祐一君てば、全く免疫が無いじゃないの。清らかなままってのも、難儀なことだねえ。でもこれで、残るは晴だけになったよ。さあどうする、王子様?」




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あきゅろす。
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