「そしたら先生が、じゃあ今回は変声期の男子で声の出ない奴だけ特別に自分の得意な楽器を弾いて、歌は友達に歌って貰えって」 「それでハルが歌うことになったのね。アンタは…… ギター弾くの?」 「うん…… まあ」 ここに来てからの態度が図々しい亮太にしては曖昧な返事だったが、他人に言いたくない話のひとつやふたつは誰にでもあるものだ。それが例え中学生のまだ子供だったとしても。 亮太の顔が曇ってしまったのを見て気を利かせた高遠が、晴に別の話を振った。 「それにしても、ハルにこんな友達がいたなんて知らなかったわ。アンタ、友達ができないってずっと言ってたじゃない」 「うん、できなかった。でも今できたよ」 晴は時々だが、まだ日本語が怪しい時がある。 晴の日本語の先生を自負する小笠原が、教え子に間違いがあるなら正してやらねばと、 「晴、そこは『今』じゃないだろ。『少し前』とか……」 と口を挟む。 すると亮太がすかさず言った。 「ううん、『今』で合ってるよ」 「はい?」 「だって俺達、今日初めて口きいたんだもん」 「はい?」 はてなマークを顔に貼りつけた小笠原と高遠に、亮太がした説明とは。 先生からお許しが出たので歌ってくれるクラスメイトを探そうと、亮太は愛用のギターを持って登校した。 理由は訊かないでほしいのだが、亮太は学校では皆に煙たがられていて、口をきいてくれる同級生も殆どいない。 しかし音楽の成績がかかっていることだし、テストは明日行われる。亮太は一か八か、教室の中でギターをワンフレーズ弾いてみた。 「この曲、俺の伴奏で歌ってくれる人いない?」 思い切ってクラスメイトに声をかけてみたが、案の定誰からの返事も無かった。 どうしよっかなー。音楽の成績が1だと、兄ちゃん怒るだろうなー。 泣きたい気分でもう1度サビを弾いた時、 「俺、その曲知ってる」 話し方に似合わない、良く通る高い声が言った。 「えっ、知ってる? だれ、誰? 歌ってくれンの!?」 亮太が勢い込んで声の主を探すと、そう言ったのは去年の冬に転入してきたクラスメイトだった。亮太は彼が、高遠という名前の男子であることは知っていた。 というか、このクラスメイトは転入してきたその日に教室からどよめきが起こり、そのあとの2、3日でそれがさざめきに変わって学校の隅々にまで広がり、この中学で彼を知らない生徒はひとりもいないだろうというくらいの有名人だ。 彼が高遠晴という名前の、デンマークからの帰国子女だということ。日本語があまり得意ではないこと。背はさほど高くはないが、外人顔のあり得ないほどの美形であること。 2年になって同じクラスになってからまだ1度も話をしたことはなかったけれど、いつもひとりでいる亮太の耳にも彼の噂は届いていた。 その転入生が、座っている自分の机のぐるりを大勢の女子に囲まれて、辛うじて空いている彼女達の身体の隙間から亮太を覗き込むように見ていた。 彼は亮太と目が合うと、 「いいよ、歌っても」 と言う。 「ホント?」 亮太が信じられない思いで聞き返すと、 「うん」 と彼がにっこりと笑った。 彼が笑うとキャー、という女子の悲鳴が上がったが、その黄色い声に混ざって、 「高遠君、あの子と仲良くするのはやめておいた方がいいよ」 と彼に忠告する小さな声が、少し離れた席に座っている亮太にも聞こえた。 |