亮太はそのお節介な声の主にバカヤロ、聞こえてるよと言ってやりたかったが、折角歌ってくれるという高遠の自分に対する印象を悪くしたくなかったので、黙っていた。 当の高遠は女子の言葉が聞こえたのか聞こえなかったのか、何も言わずに座っていた椅子を引いて立ち上がると、周りを取り囲んでいる女子達を掻き分けて亮太の席までやって来た。 そして、 「イントロから弾いてみてよ」 と勢い込んで言う。 「あ、う、うん」 亮太は慌ててギターを抱え直すと、自分の席に座ったまま曲の最初から弾き始めた。 この歌は亮太の2才上の兄の、お気に入りの曲だった。ギター弾きの兄に付き合って亮太もさんざん練習させられたので、楽譜無しでも弾くことができる。 高遠は丁寧にイントロを弾いている亮太のすぐ前に立って、身じろぎもせずにギターの音を聞いていた。 その彼が歌の出だしの一拍前で、大きく息を吸い込む音が亮太の耳に届いた。 と、そのまま亮太の弾くギターのメロディーにすんなりと入ってくる。 高遠の一声を聞いた時、それまでギターの弦を見ていた亮太は思わず顔を上げた。ふたりは向かい合っていたので、目が合うと彼がにっこりと自分に笑いかける。 それが何だか嬉しくワクワクしてきて、亮太もギターを弾きながら彼にニカッと笑い返した。 1小節目を歌ったところで、キャー、高遠君が歌うのぉ? と騒いでいた周りの女子達がシーンと静かになった。 サビの部分では、それまで教卓の前や窓際で別のことを話し込んでいたクラスメイトが、お喋りを止めて歌っているふたりの方へ身体を向けた。 2番に入る頃には、廊下を歩いていた他のクラスの生徒達が立ち止まり、開け放してあった廊下側の窓から歌を聞こうと身を乗り出してきた。 亮太と高遠が演奏している曲は、2年程前に流行った春の別れを歌った曲だ。 現在では卒業ソングの定番になっていて、卒業式にこの歌を歌う学校も多い。 皆が聞いている高遠の声は伸びやかで張りがあり、歌詞に書かれている楽しく過ごした日々を時には優しく時には力強く歌い、その日々が終わってしまう寂しさを切なく惜しむように訴える。亮太の奏でるギターの音色が、より一層高遠の歌を甘く切ないものに引き立てていた―― 演奏し終わったふたりはどちらからというのでもなく、 「ねぇ、1番のサビの前のところ、もうちょっと……」 「あ、そこ。俺も歌いながら思ってた。2番との違いを……」 早速お互い気になって直したいところを話し合おうと口を開きかけたのに、その言葉は 「キャー、高遠君。歌すっごく上手なんだねぇ」 「五十貝君のギターも凄かったよ、プロみたい」 少し興奮気味に叫ぶ、女子の再びの黄色い悲鳴にかき消されてしまう。 中には別れの歌を聞いて涙ぐんでいる女の子もいた。そこに先程亮太の陰口を言っていた女子も含まれていて、これには亮太だけでなく高遠も辟易した様子だった。 さっきまで俺とは関わるなって言っていた癖に。これだから女は嫌いだ。 と気分を悪くしながら、 「どっか、誰にも邪魔されないで練習できるとこ、ないかな……」 ポツリと呟いた亮太の耳に高遠が、T駅にあるレストラン“エメラルド”を知っているかと囁く。 亮太が知っていると答えると、その“エメラルド”の裏に大きな倉庫があるから学校が終わったらそこへ来い、練習しよう、と言った。 それが、今日の昼休みのことだった。 |