花集ウ 16

 持ち上げた中学生の身体越しに高遠が表を覗くと、練習倉庫の扉の外側に、買い物を終えて帰ってきた小笠原と晴が立っていた。二人共、この倉庫から駅の方へ歩いて行った先にある商店街の中の、武藤商店のロゴが入った買い物袋を抱えている。
「そ、その声は高遠!? ねぇ、お前のお兄さんに、俺はお前の友達だって言って!」
 高遠と向き合ったまま掴み上げられている彼からは、後ろにいる晴の姿は見えていない。
「ん?」
 突然のことに、この状況が上手く飲み込めていない晴が聞き返すと、
「いや、ん? じゃなくて。友達だって言ってくれないと俺、お前のお兄さんに外に摘まみ出されちゃうよ。ここに来いって言ったのは高遠なんですよ、お兄さん。ねぇお願い、捨てないでー! お兄さん、俺を捨てないでー!」
 彼は自分の前後にいる高遠と晴両方に話しかけるものだから、騒々しいことこの上ない。
「人聞きの悪いことを言ってくれるわね。ハル、この煩いガキンチョはホントにアンタの友達なの?」
 耳許で喚く彼の掠れた耳障りな声に顔をしかめた高遠が、晴に訊ねた。
「うん、そう友達。同じクラスだよ」
「あらまあ、それは悪かったわね」
 晴の答えにようやく安心した高遠が手を放してやると、やっと地面に足を着けることができた彼は苦しかった襟首を整えながら、高遠に向かって口を尖らせる。
「もう、だから言ったじゃん。俺は高遠の友達。ガキンチョじゃなくて、名前は五十貝亮太(イソガイ リョウタ)だよ」
 そしてくるりと向き直り晴が抱えている買い物袋の中を覗き込むと、
「あ、ポテチ! 俺、コンソメ味がいい。それとコーラね」
 小笠原が手にぶら下げていた袋の中の飲み物も目ざとく見つけて、図々しくもリクエストする。
 そんな彼の背中を目にした高遠は、おや、と思う。
 亮太は背中に、学ランと同色の黒いビニールケースを背負っていた。保護色になり今まで気がつかなかったのだ。
 それは明らかに、ギターの形をしていた。


****


 例によって、ブルーシートを広げた倉庫の床の上で。
 引っくり返した段ボール箱を囲むように丸くなり、4人は一緒に遅めのおやつを食べていた。
「ハル、アンタがここに亮太を呼んだんですって?」
 両脚を斜めに折り形良く投げ出した高遠が、晴に問い掛ける。
「うん、そうだよ。ここで歌の練習しようと思って」
「歌の練習?」
 晴の意外な返事に、高遠ばかりか小笠原までもが聞き返した。
「お前達も、中学の文化祭で歌うのか?」
「ううん、違うよ。音楽のテストだよ」
「テスト?」
 晴の説明では要領を得ない。亮太が晴の後を引き継いだ。
「俺らの音楽の先生ってちょっと変わっててさ、筆記試験をやらない代わりに毎回実技のテストをするんだ。前期はリコーダーだった。後期は歌」
「へぇ、洒落た先生じゃない」
 リコーダーと歌どちらも得意な高遠がそう言うと、彼に向かって亮太が再び口を尖らせる。
「洒落てるかどうか知んないけど、迷惑だよ。俺の声聞こえてンでしょ。この声でどうやって歌えって言うんだよ」
「あら、それもそうねぇ」
 亮太の声は所々掠れ、喋っている言葉さえ聞き取りづらい。これでは歌など到底まともには歌えないだろう。
 高遠が自分の頬に手を当てながら困ったように相槌を打つと、
「それで俺、先生に文句言いに行ったんだよ。声変わり途中のナイーブな男子に対するセクハラだ、って」
 誰がナイーブだ。
 高遠も小笠原も心の中でツッコミを入れたが、亮太の話の途中なので口には出さない。




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