花集ウ 15

「すみません、誰かいますか?」
 か? の語尾が、首を絞められた鶏の断末魔のように裏返った聞き苦しい声を出しながら、その黒い人影は倉庫の中にずかずかと入ってくる。
「はい、どちら様?」
 座っていた椅子から立ち上がり高遠が迎えたその人影は、黒い学ランを着た中学生だった。
 学ランの襟には、S中の校章と2年生を示すバッジがふたつ付いている。晴の制服に付いている物と、全く同じバッジだった。
「高遠君、いますか?」
 甲高いまだ子供の声と、掠れた聞き取りづらい声が入り交じる変声期に突入したての独特の彼の声に、高遠は何だか懐かしい気分になる。笑みを浮かべながら、
「高遠はわたしだけど」
 と答えると、
「えっ、高遠!? あれ、今日学校で会った時はいつも通りのかわゆい姿だったのに、どうしちゃった? こんな短時間にそんな×××姿に変わっちゃって×××なうえに×××…… ゲホッ、ゲホッ」
 いきなり興奮して捲し立てるものだから、彼の声は途中から掠れて裏返ったまま元に戻らず。しまいには痛いのか痒いのか、自分の喉元を掻きむしりながら喋ろうとするので、それこそ『お肉にしないでー! 助けてー!』と叫ぶブロイラーの如く、人間の言葉にもなっていない。
 それでも何となく彼の言いたいことが理解できた高遠は、未だに叫び続けているこの中学生の学ランの襟首を、彼と対面したままヒョイと掴み上げた。
「わっ。な、何すンだよっ」
 今彼の両足は、コンクリートの床から数センチ浮いた状態だ。
「失礼なガキンチョだわね。制服着てるんだから、わたしが高校生だってことくらい分かるでしょ。アンタ、年上に対する口の利き方も知らないの?」
 掴み上げて近くなった彼の顔をよく見ると、身動きができないながらも精一杯高遠を睨んでいるこの中学生は、なかなか利かん気の強そうな顔をしていた。
 声は潰される前の鶏に例えたが顔はそう、家出帰りの猫とでも言ったらいいか。
 2、3日姿を見せないと思ったら、身体中傷だらけになって帰ってきた飼い猫をご想像して頂きたい。
 何処に行っていたんだと心配するご主人に、額や頬にばってんこに付いた擦り傷を見せながら『喧嘩。でも勝ったモンね』と誇らしげに
「ニャー」
 と鳴く猫である。
 この中学生にも額や頬にそんな傷が付いていそうな感じがして高遠は何となく可笑しく本気で腹もたたなかったのだが、ガキンチョといえども礼儀とけじめは必要だ。
 外へ放り出してやろうと彼の襟首を本物の猫のように掴み上げたまま、高遠は倉庫の出入り口に向かって歩き出す。
「ああっ、ごめんなさい、すみませんっ」
 中学2年の平均的な体型の彼は、大柄で筋骨逞しい高遠に軽々とつまみ上げられてこれは勝ち目がないと観念したのか、地に足が着いていない状態で取り敢えず謝ってみる。外に放り出されまいと彼も必死だ。
「決して怪しい者ではございません。俺、高遠、高遠晴に会いに来ただけです。アンタ…… あなたも高遠って、もしかして高遠のお兄さん? 似てない兄弟だなぁ」
 しかし最初こそ丁寧な言葉遣いだっただけで、段々元の口調に戻ってしまうのが彼らしいと言えば彼らしい。
「自分の名前も名乗らないヤツに教える義理はないわ。アンタ、ハルに一体何の用よ? 学校では済まないようなことなのかしら?」
 警戒する必要はないだろうがこんな世の中だ、何かあってからでは遅いのだ。
 やっぱり放り出してやろうと、高遠は扉の前まで来るとこの小憎らしい中学生を外にポイッと捨てるために、少し高く持ち上げた。
「うわっ!? 待って、待ってくださいっ。名前っ、俺の名前はリ……」
「あれ、リョウ?」
 鶏の必死の雄叫びと、邪気のない澄んだ涼やかな声が重なった。




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あきゅろす。
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