命ーミコトー 5 部屋に入った瞬間、私は絶対にうまくいくはずがないと確信した。 いや、私がうまくやれるはずがないのだ。 だって、蓮見のお母様の迫力というか、圧力というか、とにかく目力がすごいのだ。 「で?あなたが陽杜とお付き合いをなさっているとかいうお方?」 「はっ、はい!さ…木神佳澄と申します。」 「そう…。」 こ、怖い…。まさに蛇ににらまれたカエル状態である。 ひざの上で手がプルプル震えている。 「おい、あんまり佳澄を怖がらせるなよ。」 蓮見は慣れた調子で私の肩を抱く。少しそれで落ち着くが、その手馴れた様子に少しむっとしてしまう。 「別に怖がらせたりなんかしてませんよ。ただ、本当かしらと思ってね。」 「信用ねえな。」 「ええ。だって、私あなたに対して信用なんてもの一度だって持った記憶はございませんから?」 一々言葉がトゲトゲしている。 蓮見のお母様は顔立ちが整って美人であるので余計に冷たい印象を受けてしまう。 家族の仲が良くはないとは聞いていたが、それは蓮見とこのお母様との間なのだろう。 見たところお父様は少し気の弱そうな印象を受ける。 こうじっくり顔を見てみると、どうやら蓮見はお母様から随分と色々遺伝子をもらったみたいだ。 「佳澄さんは、いつ陽杜とお知り合いになられたのかしら?」 「あ…学校で。」 「学校?蓮見の勤めている高校でですか?」 ああ…。自ら墓穴を掘ってしまったようだ。 私が冷や汗タラタラで内心あせっていると、蓮見がフォローしてくれた。 「ああ、こいつの妹が俺の教え子だから、それでだよ。」 「そ、そうなんです。その前から、色々と妹から陽杜さんの話は聞いていたのですが。」 お母様はまだ少し疑っているようだったが、とりあえず納得してくれたようだった。 「そう、妹さんが。でも、こんなどうしようもない息子が人様のお子様を教える立場にあるなんて。未だに信じられませんけどね。」 お母様は蓮見のことを蛇のような目でジロリと睨んだ。 この二人の間に何があったかは知らないし、多分蓮見の瞳の色があれで生まれてきたから色々とこの人も苦労をしてきたんだろうけど、私はその言葉を黙って聞いている事が出来なかった。 「そんなことありません!」 「佳澄…?」 「は…陽杜さんは本当に良い教師です。生徒一人一人に親身になって答えてくれるし、色々と相談に乗ってくれます。 少しふざけた部分もありますが、根は真面目でしっかりしていてとても頼れる存在です。 いつも笑顔で、優しくて、本当に嫉妬してしまうくらいどんな人にも優しくて! 私は、そんな陽杜さんが大好きなんです!」 私は息も切れ切れに興奮しながら言い放った。三人とも呆然と私を見ている。 その瞬間、私はすごく恥ずかしくなり顔を真っ赤にしてしまった。思わず顔を両手で覆う。 「す…すみません…。」 私は手元にあった水に口をつけた。 チラリと横目で蓮見を見上げる。 するとそこには少し頬を赤くして、今までで一番の笑みを見せる蓮見がそこにはあった。 「ありがとう、佳澄。」 そんな私達二人の様子を、お母様は更に怖い顔で見ていた。 「そう。二人が本当にお付き合いされているということは分かりました。でも…。」 「陽杜。」 今まで口を閉じていたお父様が口を開いた。 「でも、お前は婚約者の方がいるじゃないか。それを分かっていて、どうしてそんな…。」 「え…?」 婚約者?そんなの初耳である。驚いて蓮見の顔を見るが、蓮見も初耳のようで目を見開いている。 「何だ、その顔は。知っているだろう?小さい頃から決まっていたじゃないか。」 「一体…何を…。」 「お前こそ何を言っているんだ。」 全く話が読めない。すると、静かにドアが開いた。 そこから出てきた人物に私も、蓮見も驚いた。 「何で…。」 「お久しぶりです、おじ様、おば様。」 「綺麗になったね、菫華ちゃん。」 どうして、新藤先生がここにいるの? 新藤先生はにこやかに蓮見のお父様、お母様にあいさつをして、まだ一つ空いていた席に腰掛けた。 「陽杜?どうしたの?そんな顔して。陽杜は久しぶりじゃないわね、学校で会っているもの。」 名前の呼び方も違う。一体どいうことだろうか? 「新藤…先生?」 「やだー、学校じゃないんだから。小さい頃から菫華って言っていたじゃない。」 新藤先生と蓮見は幼馴染なのだろうか。いや、そんなはずはない。 だって、美嘉は最近蓮見を狙っているんだと言ってたが、二人が本当に幼馴染で婚約者同士だったら、美嘉が知らないはずはない。 それに、前に会ったときには、新藤先生にそんな印象は受けなかった。 でも、新藤先生も、お父様もお母様も当たり前のように話している。一体…? 「そ…そうだったね、菫華。」 「え…。」 蓮見はにこやかに新藤先生に笑いかけた。どういうこと? しかし、蓮見はそのまま席から立ち上がり、私の手を掴んだ。 「でも、俺たちこれからちょっと用事があるんで、失礼します。それでは、また。」 蓮見は軽く会釈をすると、逃げるように私の手をひっぱり部屋を出た。 早歩きで歩く蓮見に私は小走りになりながらついて行った。ホテルを出て、車に乗り込んだ。 私も助手席に座ったが、蓮見の顔色を見てぎょっとした。 本当に真っ青で、この世の終わりでも見たような顔をしているのだ。 「蓮見…。新藤先生は、蓮見の幼馴染で婚約者だったの?」 「違う!」 蓮見は大声で怒鳴った。思わずビクリとなる。 その様子に、蓮見は小さく謝った。 「新藤先生は俺の幼馴染でも、婚約者でもない。」 その言葉を聞いた瞬間、私は背筋がぞっとした。 何かが、起きている。それだけは分かった。 [*前へ][次へ#] [戻る] |