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命ーミコトー
6
「すみませんね、菫華ちゃん。」
「いいえ…。」

新藤菫華はにこやかに笑った。だが、すぐに目線は今二人が出て行った扉へと移された。

蓮見先生と一緒にいたあの子…この間学校で会った榊さんに似ている。


「あの、おば様?先ほどの女性は?」
「ああ、木神佳澄さんという方だそうで、陽杜がお付き合いされている方よ。
全く…あの子は、菫華ちゃんという方がいながら…。」
「いいんです、おば様。陽杜は最後には私のところに戻ってきてくれると信じているので。」
「菫華ちゃん…。」


菫華は少し悲しそうに微笑んだが、内心ほくそ笑んでいた。
こうも上手くいくとは思っていなかったし、信じていなかったのだ。


このまま行けば、私は蓮見先生を手に入れることが出来る。
すぐに、あの人は私を愛するようになるだろう。


事の始まりは1週間前ほど遡る。
菫華はブラブラ歩いている途中である女性に出会ったのだ。
 
その日はなぜか近所にある空狐山へと足を踏み入れていた。
何もないそこに用事なんてもちろん無かったし、そもそも山みたいに汚れる場所や疲れる場所が嫌いな菫華だったが、どうしてか、自分でも分からなかったが足を踏み入れていたのだ。

「…薄気味悪い。」

夕暮れ時で日は傾き、あたりは薄暗く、人気も無かった。

「そもそも、私なんでこんな所にいるのよ。もう帰ろう…。」


菫華が引き返そうとしたとき、ガサガサと背後で音がした。
ゾクリと体に寒気が走った。
しかし、恐る恐る振り向くろそこには一人の美しい女性が立っていた。
同性から見ても、その美しさは恐ろしいほどだった。


「こんにちは。」


それに、普通の人間には思えなかった。
白い着物を着て、同じく白い髪。目を細めて笑う表情からは冷たさを感じた。


「だ、れ…?」


声が震える。すると、女はニタリと笑った。


「あなたの願い、叶えてあげましょうか?」


菫華と女の距離はけっこうあったはずなのに、いつの間にか女は近づいていて、菫華のすぐ目の前に来ていた。
菫華は思わず後ずさったが、それと同時に女も近づくので距離は開かない。


「新藤菫華。あなた、想っている人がいるわよね。名前は、蓮見陽杜。」


菫華は驚きを通り越して、もはや恐ろしさを感じていた。
だって、自分は女のことを全く知らないのに、向こうはこちらの名前も好きな人の名前まで言ってのけたのだ。


「ねえ、蓮見陽杜を手に入れたいでしょう?手に入れられるわよ?」


女はスッと生白い手を菫華の方へと伸ばしてきた。
菫華はビクッと震え、逃げ出そうとするが、その手がそれを許さない。
ガシリとものすごい力で菫華の腕を掴む。


「私に協力してくれれば、望みどおりにしてあげる。
もちろん、代償なんて必要ないし、あなたが損することは一つもない。
絶対に蓮見陽杜を手に入れることが出来る。」


その女の誘いは、さながら白雪姫のりんご売りに化けた継母のようで、恐ろしさを感じながらも、菫華はその誘いに惹かれてしまう。
気づけば、首を縦に振っていた。女はニコリと笑う。


「そう…じゃあ、交渉成立ね。」


女は手を差し伸べてきた。菫華がその手を取ると、強い力で握られた。思わず顔をしかめてしまう。
女が手を離すと、その手の甲には花の模様が浮かび上がっていた。菫華の名前と同じ菫の花である。


「それは契約の証。菫の花。綺麗だけど、毒があるのよね。」


女はそう言ってクスクス笑った。見ると、スーッとその模様は消えていく。


「私の名前は瑠璃。私があなたのもとに訪れるとき、その模様は出てくる。
また反対にもしあなたが私に会いたいときは、その手の甲を額に当てて私の名前を呼びなさい。」


女、瑠璃はそう言うと菫華に背を向け歩き始め、そのまま草陰に入ると姿は見えなくなってしまった。
菫華は呆然と、自分の手の甲を眺めていた。


そうして今日、見合いの日の3日前に再び瑠璃は菫華の前に現れた。
例の如く手の甲にあの模様は浮かんできた。そうして告げたのだ。


「あなたは蓮見陽杜の幼馴染であり、婚約者となったわ。」
「え…。」


突然言われた言葉に、菫華はついていけなかった。


「いや、あの…私、蓮見先生とは昨年知り合ったばかりだし、それに同僚でしかないはずなんですけど。」
「それは昔の事実ね。現実は変わったの。」
「現実が変わる…?」

瑠璃はクスクス笑うと菫華の額に指を当てた。

「結構簡単よ?少し記憶をいじらせてもらえばいいだけ。」

そう言って目をを細め、楽しそうに笑う姿を見て菫華はゾッとした。
少し後ずさるようにその手から逃げると、瑠璃は目をつり上がらせて菫華の頭をガシリと掴んだ。


「ひっ。」
「何逃げようとしてるの?もう後戻りは出来ないわよ。」


菫華の歯が恐怖のあまりガタガタ震えた。その菫華の様子に瑠璃は頬をゆるめた。


「大丈夫。あなたに酷いことなんてしないわよ。私、あなたの事気に入ってるのよ?昔の私とそっくりで…。」

瑠璃は手の力を抜くと、優しく菫華の頭を撫でた。段々菫華の緊張も解けていく。

「大丈夫。うまくいくから。」

その言葉に菫華は小さく頷いた。

その後、瑠璃のもとへ蓮見の両親から電話がかかってきた。
改めてだけど見合いという形で会わないか、という誘いだった。
その言葉を聞いたとき、菫華はついつい緩む自分の顔を保たせるのが大変だった。
そうして、今日この場所に来たのだった。


本当に蓮見の両親の対応は、初めて会う新藤菫華に対したものではなく、昔から知っている新藤菫華へのものだった。
しかし、蓮見はまだ暗示にかかっていないようだったし、蓮見の恋人だという人物の正体も菫華は不満だった。


菫華は蓮見自身のいない会食が終わると急いで家に帰り、自分から瑠璃を呼び出した。菫華が今日の出来事を言うと、瑠璃はクスクスと笑った。


「心配すること無いわよ。すぐに、すぐにあなたの思い通りになるから。
あなたは安心して私の言うことを聞いていればいいのよ。」


その自信溢れる瑠璃の表情に菫華はほっと安心し、にやりと笑った。その表情はひどく瑠璃に似たものだった。


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