命ーミコトー 4 店の外に出ると、そのまま乱暴にあの高級車の助手席に座らされた。 何だか拉致られている気分なのですが…。 「ベルト締めろよ。」 「は、はい。」 いつもと違う蓮見の様子にあせりながら、慌ててシートベルトをつける。つけたと同時に車は発進した。 ちらりと恐る恐る蓮見の顔をうかがってみるが、やっぱり無表情だった。 「あの、蓮見?」 「何だ?」 「何か、怒ってますか?」 「怒ってる?俺が?」 蓮見は驚いたように私を見た。しかし、それはわき見運転である。 「は、蓮見、前を!前を向いてください!」 「あ、ああ…。」 蓮見は頷いて再び目線を前に戻した。 「別に、怒ってないよ。まあ、強いて言うならば緊張してんのかな?」 「緊張…?」 蓮見は少し苦笑いをした。 「ねえ、そもそも私は何だってこんな事に…。」 「ああ、そうだったな。実は今日俺に見合いの話があって…。」 「見合い!?」 大きな声を出してしまって、隣の車線を走っている車の人にジロリと睨まれてしまった。すかさず蓮見が私の頭を叩く。 「え…蓮見結婚しちゃうの?」 「いや。まだしたくねえよ。しかもそんな半強制的なもんで。 それを今日話されて…あまりに嫌なもんだからつい真剣に付き合っている女がいるだなんて言っちゃったもんだから…。」 「え?いるの?」 「いねえよ、馬鹿。だけどやっぱりお袋は信じてねえしな、まあ、実際嘘なんだけど、それで見合いの席に相手を連れて来いって。」 そこであることが頭に浮かんだ。もしかして…。 「ねえ、私が呼ばれてのって、まさか、その恋人のフリ…とか?」 私が顔を引きつらせながら言うと、蓮見はにっこり笑って言った。 「そう、そのまさかだ。」 「いや…無理無理!絶対に無理だって!」 私は手を大きく振りながら連呼した。 だって、そんな見合いの席に乗り込んでいくなんて、本当の恋人だとしても結構勇気のいることなのに…。 「そう言うなよ。お前しか頼れるやついないんだよ…。」 蓮見自身も参っているようで、すがるような声で言ってきた。そんな風に言われちゃあ…。 「う……はあ、分かった。成功するかはさておき…でも、宿題手伝ってよね。」 「本当か?ありがとう…。末代まで感謝するよ。」 「末代まで感謝できるもんならしてみろ。」 私は仕方ないなあと思いつつ、微笑んだ。蓮見もほっとしたような表情をしている。 「あ…でも、いくら化粧してごまかしていても、生徒だってばれない? だって息子が担任を受け持つクラスの生徒だよ?」 私がそういうと、蓮見は苦笑した。 「大丈夫だ。俺の親は、特に母親、俺が教師していること良く思ってないし、生徒のことはおろか、学校のことさえ聞いてこないし、俺も言ってないから。だから、大丈夫だと思うけど…。」 蓮見はチラリと横目で私を見た。 「でも、ばれたらお前に迷惑かけるしな…。んー…偽名作っとくか。」 そんな軽い感じで偽名作ろうとか言わないでください。 普通、そういうの駄目だからね? 「じゃあまず苗字は…榊だから木神(コガミ)で。」 「そんな、安易な感じでいいわけ?」 「いいよ。どうせ今日だけなんだから。名前は…お前、何がいい?」 「え?」 「お前、常々自分の『命』って名前嫌だって言ってただろう? せめて可愛い漢字で『美琴』とかだったら良かったのに〜って。」 確かに言った。だって、『命』って生命の『命』だよ?堅いし、重いし…。 まあ、今となっては別に気にしていないし、この名前も割と好きになったけど。 「あ…。」 私はそこでふと思い当たった。 「じゃあ…佳澄。」 「かすみ?」 「そう。霞草から佳澄。本当はね、私その名前になるはずだったの。」 今日の朝、あの花を見て思い出した。本当は私がなるはずだった名前の花なのだ。 「私、四月四日生まれだから誕生花霞草なの。 ほら、うちの父親花好きだからね、誕生花の名前にしようと思ってたの。 だけど、私、この瞳の色で生まれちゃったから…。」 自分で言っていて少し切なくなった。その名前で生まれていたら、本当に普通の高校生として毎日を過ごしてたんだろうな、と思ってしまったのだ。 「そうか。命もいい名前だとは思うけどな。」 私はそう言ってきた蓮見を思いっきり睨んでやった。 「何で睨むんだよ、褒めただろう?」 「だって、蓮見最初私の名前見たとき爆笑したじゃない。」 「……そうだっけ?」 「そうだよ!唯でさえ気にしてたんだから、私がどれだけ傷ついたか…。」 私がおいおいと泣きまねをすると、蓮見は片手でポンポンと私の頭を撫でた。 「悪かったよ。」 「ふーんだ。もういいよ。とにかく、じゃあ、今日は私の名前は木神佳澄ということで。」 「ああ、よろしく佳澄。」 そう呼んでくる蓮見に私はぎょっとした。いきなりの名前呼びである。 「何だ?付き合ってるんだから、普通だろう?」 「う…まあ、そうだけどさ。」 「だから、お前も俺のことちゃんと名前で呼べよ。」 「え…。」 私は言葉を詰まらせてしまった。その様子に今度は蓮見がジロリと睨んできた。 「お前、まさか俺の名前知らないとか言わないよな?」 ドスを利かせながら蓮見は言ってくる。私はその様子に慌てた。 「わ、分かってる!分かってるけど…。よ…」 「ん?」 蓮見はニヤニヤしながらこちらを見てくる。非常に腹が立つ。 名前を呼ぶだけで、どうしてこんなに緊張しなくてはいけないのだろうか。 「よ、陽杜!これでいいてしょう!」 照れ隠しに半切れ気味で名前を呼ぶ私に蓮見は大爆笑した。 「はっ…腹が痛い…。」 「そんなに爆笑するところ?言っとくけどあんたの命運は私に握られているんだからね?」 「はいはい、佳澄さま。」 「ふんっ。」 ついに車は目的地の高級ホテルへと着いた。 それにしても、これから仮にも担任のご両親を騙しに行くのだ。緊張で思わず震えてしまう。 そんな様子の私に、蓮見はふっと笑って、私の手を握った。 不思議と手の震えは止まってしまった。 「大丈夫だ。な?」 蓮見にそう言われると本当にそんな気さえしてきてしまうので不思議である。 私は頷き、二人でホテルのエントランスへと入っていった。 [*前へ][次へ#] [戻る] |