命ーミコトー
6
雲ひとつない大空。
打ち寄せる波の音。
太陽にキラキラ輝く白い砂浜。
人々のはしゃぐ声。
その全てが今私を興奮させていた。
「う、う、海だああ!!」
私は今にも駆け出さんばかりに叫んだ。そんな私を呆れ顔で蓮見がポンポンと肩を叩く。
「そうだな、海だな。そんなに嬉しいのか。」
「嬉しいよ!だって、私の周り山ばかりなんだもん。」
別に山が嫌だというわけではないが、何というか、海は「いけてる」感じがするのだ。
「うげ……」
藤家は顔真っ青で車から降りた。
私と有里が運転手のドライブテクニックの話をしてたら、運転手が調子に乗ってしまい、散々なことになったのだ。
絶叫系も大好きな私は全くもって大丈夫だったし、他の三人も大丈夫だったのだが、藤家はなにぶん繊細だったのだろうか。
来るだけでこの始末だ。いつも以上に青空の下が似合わない。
「藤家、大丈夫?」
「あ、ああ…」
「藤家君っ!」
「うっ。」
有里が背後からタックル並みに藤家に抱きついてきた。
藤家が車酔いと共に、女嫌いも発生したのだろうか、死にそうなぐらい顔色が悪化している。
「ちょっと、有里。やめなさいよ。全く。どう見たって藤家具合悪そうでしょうが。」
「えー。」
「えー、じゃない!ほら、離れなさい。」
ズルズルと有里は美嘉の手によって藤家から離された。さすが美嘉だ。私は藤家の背中に手をまわして撫でた。
「大丈夫?やっぱり休んだ方がいいんじゃない。」
そう言うと藤家は急にシャキンと姿勢を正した。
「大丈夫。」
そういう顔は相変わらず死人のようだったけど。
「まあ、まあ。とりあえず着替えてこようか。どうせお嬢さんたちは時間かかるだろう。
俺達が場所とっとくから。このこっぱずかしいパラソルで。」
蓮見は車から大きなパラソルを取り出してかかげた。
松下家のパラソルだ。
さすが、金持ちというやつなのか。無駄にでかくて、キラキラしてて、非常に目立つ。
これならすぐに見つけられるだろう。
「分かった、じゃあ、後でね。」
私達三人は水着を持って、はしゃぎながら着替えに向かっていった。
蓮見と藤家はまず先にパラソルを立てるために浜辺を歩いていた。
目立つ二人に自然と人目は集まるが、二人とも気づいているのか、それとも気づかないフリをしているのか、ただ黙って前だけ見つつ歩いていた。
「先生さ。」
「ん?何だ、藤家。」
蓮見が自分よりも少し背の低い藤家を見下ろすと、藤家は少しきつい視線を送って見せた。
「先生は、俺のライバルなの?」
「は?」
いきなりの藤家の質問に蓮見は持っていたパラソルを落っことしそうになる。
「榊のことだよ。」
しれっとした顔で藤家は言う。蓮見ははあ、と頭をかきながらため息をついた。
「何なんだ、お前はいきなり。」
「だって、先生…。」
藤家は言いかけて、ふと蓮見の顔を見上げた。
蓮見は少し俯いていたが、その眼光には強い光があった。
藤家はそこで蓮見の心を読んだ。
「俺は、榊のことが好きだよ。榊がたとえ誰を見ていようとね。」
藤家は海を横目で見つめながら言った。
「ねえ、先生、気づいているんでしょう。榊が…。」
「お!ここがいいんじゃないか?」
蓮見は藤家の言葉を遮った。そして藤家の答えも待たずに着々とパラソルを広げて立て始めた。
その様子を藤家は複雑な面持ちで眺めていた。
「ま、先生がそうしたいならそうすればいいけど。でも、そうなら俺だって勝手にするからね。」
少し大きめに言った藤家の独り言を蓮見は聞いているのか聞いていないのか、藤家に背中を向けたままだ。
「本当に、大人は汚いな…。」
藤家は最後にポツリと言った。
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