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命ーミコトー
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 不思議なことに、他の生徒は先ほどの事を全く覚えていなかった。
大きな地震が来たということさえ、覚えていなかったのだ。

 私と蓮見と藤家の三人は、数学資料室に集まっていた。中から鍵を閉めて…。

「さっきのこと、みんな覚えていないけど、事実だよね?」

 私は不安になって、二人に聞いた。
二人も何だか腑に落ちないような顔をしていたが、うなずいた。三人ともが同じ記憶を持っているということは、あれはやはり現実のことなのだ。
そして、正体が分からない声が話したことも…

「あの声、ミコトの巫女と狛たちって。じゃあ、もしかして、お前が…。」

 藤家が少し青ざめた顔をして言った。
私は、小さく頷いた。すると、藤家はゆっくりフーッ、と息を吐いた。

 誰も一言も話さず、静かである。
ただ、時計の針のカチ、カチという規則的に時を刻む音だけが、その部屋中に響き渡っていた。

 息が詰まりそうだ。こんな状況が私は一番苦手なのだ。
だからと言って、どういう言葉でこの沈黙を破るかは考え付かず、ただ私も黙って俯いているのだった。

 こんな状況を破ったのは、蓮見だった。

「お前ら、ちょっとついてこい。」

 そう言って蓮見は席を立った。私たちはあまりにいきなりのその発言に、戸惑うばかり。

「ついてこいって、蓮見どこにつれてくつもり?」

 すると蓮見は振り向きざまにニヤリ、と笑った。

「俺ん家だ。」

 蓮見に半ば無理やり連れて行かれた私たちは、その家を見て愕然とした。

「蓮見、実家住みだったんだね…。」
「ああ、出たいんだけど、まだ金がな。」

 いや、蓮見、この生活に慣れてしまっているのなら、多分普通の生活は無理だと思うよ。

 蓮見の実家が地主だということは聞いていたが、地主ってそんなに儲かるものなのだろうか。

 蓮見の家は、私の家があるあの山のすぐ下にあった。
昔から、やけに馬鹿でかい屋敷があるな、とは思っていたけれど…。まさかそれが蓮見の実家だったとは…。

 というより、本当に最近は住民と地主とかの関係が希薄になっているんだね。
私の両親も、私の担任の名前とか知っているけれど、少しもここの地主と関係があるなんて事は思っていないだろうし。
実際、両親も地主の名前を知っているかどうか…。

「ほら、ボーッとしていないで、ちゃんとついてこいよ。途中で捕まるぞ。」
「捕まる!?」

 私と藤家はあわてて蓮見のすぐ後ろにピッタリとついていった。

「お帰りなさいませ、坊ちゃん。」
「ああ。」

――坊ちゃん!?

 玄関に入ると使用人のような人がいて、頭を下げていた。あの、蓮見に対してだ。

「ぼ、坊ちゃん!?」

 あまりにそのキーワードと蓮見とが結びつかず、似合わなかったので私はふいてしまった。

「おい、何か文句あるか。」

 バシッと蓮見に頭を叩かれる。暴力反対だ。

 笑っているのは私だけなのだろうか。そう思って藤家を見てみると、いつも通りに無表情に見えるが、よく見ると、口の端が引きつっており、鼻の穴がヒクヒク動いている。
必死に笑いを耐えているんだね…。そんな藤家の姿も見て、私はまた笑いそうになってしまった。


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あきゅろす。
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