命ーミコトー 1 不思議なことに、他の生徒は先ほどの事を全く覚えていなかった。 大きな地震が来たということさえ、覚えていなかったのだ。 私と蓮見と藤家の三人は、数学資料室に集まっていた。中から鍵を閉めて…。 「さっきのこと、みんな覚えていないけど、事実だよね?」 私は不安になって、二人に聞いた。 二人も何だか腑に落ちないような顔をしていたが、うなずいた。三人ともが同じ記憶を持っているということは、あれはやはり現実のことなのだ。 そして、正体が分からない声が話したことも… 「あの声、ミコトの巫女と狛たちって。じゃあ、もしかして、お前が…。」 藤家が少し青ざめた顔をして言った。 私は、小さく頷いた。すると、藤家はゆっくりフーッ、と息を吐いた。 誰も一言も話さず、静かである。 ただ、時計の針のカチ、カチという規則的に時を刻む音だけが、その部屋中に響き渡っていた。 息が詰まりそうだ。こんな状況が私は一番苦手なのだ。 だからと言って、どういう言葉でこの沈黙を破るかは考え付かず、ただ私も黙って俯いているのだった。 こんな状況を破ったのは、蓮見だった。 「お前ら、ちょっとついてこい。」 そう言って蓮見は席を立った。私たちはあまりにいきなりのその発言に、戸惑うばかり。 「ついてこいって、蓮見どこにつれてくつもり?」 すると蓮見は振り向きざまにニヤリ、と笑った。 「俺ん家だ。」 蓮見に半ば無理やり連れて行かれた私たちは、その家を見て愕然とした。 「蓮見、実家住みだったんだね…。」 「ああ、出たいんだけど、まだ金がな。」 いや、蓮見、この生活に慣れてしまっているのなら、多分普通の生活は無理だと思うよ。 蓮見の実家が地主だということは聞いていたが、地主ってそんなに儲かるものなのだろうか。 蓮見の家は、私の家があるあの山のすぐ下にあった。 昔から、やけに馬鹿でかい屋敷があるな、とは思っていたけれど…。まさかそれが蓮見の実家だったとは…。 というより、本当に最近は住民と地主とかの関係が希薄になっているんだね。 私の両親も、私の担任の名前とか知っているけれど、少しもここの地主と関係があるなんて事は思っていないだろうし。 実際、両親も地主の名前を知っているかどうか…。 「ほら、ボーッとしていないで、ちゃんとついてこいよ。途中で捕まるぞ。」 「捕まる!?」 私と藤家はあわてて蓮見のすぐ後ろにピッタリとついていった。 「お帰りなさいませ、坊ちゃん。」 「ああ。」 ――坊ちゃん!? 玄関に入ると使用人のような人がいて、頭を下げていた。あの、蓮見に対してだ。 「ぼ、坊ちゃん!?」 あまりにそのキーワードと蓮見とが結びつかず、似合わなかったので私はふいてしまった。 「おい、何か文句あるか。」 バシッと蓮見に頭を叩かれる。暴力反対だ。 笑っているのは私だけなのだろうか。そう思って藤家を見てみると、いつも通りに無表情に見えるが、よく見ると、口の端が引きつっており、鼻の穴がヒクヒク動いている。 必死に笑いを耐えているんだね…。そんな藤家の姿も見て、私はまた笑いそうになってしまった。 [次へ#] [戻る] |