Short 3 貴一の構いたがりが激化したのはバイトを始めて2ヶ月くらいした頃だったと思う。 それから実に4ヶ月近く、俺は恐らく貴一に好意を寄せられている。 最初はそんなこと考えもしなかった。 何だかおかしいと思い始めたのは、貴一が俺の周りに対して嫉妬を表すようになったからだ。 大学で仲の良い友達の話をする。不機嫌になる。 バイト中、客の途切れた暇な時間に他の同僚と話して盛り上がる。冷気を放つ。(キッチンからホールまで余裕で届くのだから驚きである。) と言った具合に、貴一は俺が他の誰かと親しくしていることが気に食わない様子なのだ。 仲の良い友達特有の嫉妬というのは、確かに他の友人を優先されたりすれば、多少ある、と思う。 でも女の子同士でもあるまいし、男同士でそこまであからさまに態度に出すものだろうか。 それから貴一をちょっとよく見るようになって、すぐに俺は気づいてしまった。 貴一の俺を見る目は、明らかに他とは違う。有り体に言うならばそう、熱の籠もった目をしていた。 その目を見たとき、正直、ギクッとした。困惑したし、どうしたらいいのか分からなかった。 まさか、と言う思い。気のせいだ、と目を逸らそうとする自分と、それを許さない自分。 だけど、どこか確信にも似た思いでそのことに納得している自分がいた。 それなら、俺はどうするべきなんだろう。 男同士の恋愛に偏見はない、大学にもそういう奴はいたから。 でも自分にそれが向けられたときの対処法を、俺は持っていなかった。 貴一のことは嫌いじゃない。友達としてはもしかすると今一番仲が良いかもしれない。 もしこいつが気持ちを伝えてきたら。 ぐるぐる回る思考に参って、俺は一時貴一を避けるようにした。 でも一週間もした頃、貴一の方が耐えられなくなったのか、バイトのない日に俺の家までやって来た。 その時の貴一の顔があまりに情けなくて、スタイルの良い高い背を少しかがめるようにして「入って、良いか…?」と俺の方を窺ってくるのが、あまりにも。 可愛いと思ってしまったのだ。 神妙な顔で玄関先に佇む自分より体格の良いイケメンを。 嬉しかったのだ。 白状しよう、貴一が俺を好きかも知れないと気づいた時から、もしそうだったら嬉しいと思ってしまっていたのだ。 そんな自分の心に気付かないふりをしていたのだ。 わかっていた。 それが貴一に対する俺の応えの全てだ。 そうして貴一への気持ちを自覚し、これは両思いになるのだろうか?とか暢気に思った俺を誰かバカだと罵ってくれ。間違っても悦んでハァハァしたりしないから。 そう、俺は重大なことを見落としていた。 俺はマゾヒストなのだ。 日常生活で貴一に尽くされて奉仕されて、優しくされることは嫌じゃない。友達としてなら。 だが恋人としてならどうだ? 俺は、貴一に優しく奉仕されるのでは絶対に満足できない。 女の子ならまだ良かったのに。気持ちよくなったふりをして貴一を喜ばせることができる。 けど俺は男だ、どんなに貴一が尽くしてくれても、イくことの出来ない俺のものは正直にその事実を表すだろう。 あんなに俺に優しくしてくれる貴一に、苛めてくれなんて言えない。きっと悲しませる。 今だって大事にされている自覚はある。付き合うともなれば、さらに甘くなるのだろう。 その恋人を、甚振って欲しいなんて。でなきゃ満足できないなんて。 貴一が作った飯を、うまいうまいと喜んで食う俺を、あいつが嬉しそうに眺めているのを知ってる。 奉仕型の人間というのは、尽くしたことで相手が喜ぶのが嬉しいのだと聞いたことがある。 有難がってくれなくてもいい、感謝や見返りは求めていない。ただちょっとでも笑ってくれたら。 それを知っていても、俺は、それすら貴一に返してやれない。 俺は、貴一の愛情を受け止めることが、それに応えて貴一を喜ばせることが、出来ないのだ。 [*前へ][次へ#] [戻る] |