magi「うたかたの夢」 政務官と食客 ※注意※ いきなり時間軸とんでシンドリアに食客として滞在しだすときの話です。 今のところ番外編のようなものです。 本編上に組み込む予定ですので若干のネタばれ等お気をつけ願います。 また、このページは予告なく変更・削除する可能性があります。 「おはようございます、政務官様。」 朝も早いというのに書類を抱えているところから見ると夜通し仕事をしていたようだった。目の下にうっすらと隈がある。 「ああ、貴方でしたか。おはようございます。それから私のことは普通にジャーファルで結構ですよ。どうかしましたか?」 「はい。今から朝議ですか?」 「ええ、まだ少し時間は有りますが。」 気を使ってくれたのだろう。優しく微笑む目は柔らかい。 「政務官様の今日のご予定はいかがでしょう?」 『政務官様』を強調する。察しの良いジャーファルさんのこと、最初に声をかけた時から薄々気付いていたに違いない。 「朝議が終わってからは1日執務室におりますよ。お恥ずかしい話ですが書類仕事がたまっていまして……幸い火急のものはないのですが。」 ほぼ間違いなく彼のバルバットへの遠征の影響だろう。昨日来たばかりとは言え、これまでのやり取りから考えて、彼はこの国の内政のかなりの部分に関わっているように感じられた。 グラーシャが船で言ったことを思い出す。 ――『彼らは何気ない顔でこちらを値踏みしているわ。とくに従者の方は、王様のためならなんだってするでしょうね。』―― (あんまり気が進まないけど、アラジンくん達のこともあるしなぁ。) 気落ちした彼らを目の前の人が邪険に扱うとは思えなかったけれど、世の中には念のためという言葉がある。 「では、申し訳ありませんが、面会時間を取って頂けませんでしょうか。」 そして、これから滞在する食客としても礼儀は欠かせなかった。バルバットは拠点にするにはまだ不安定で、シンドリアをそうしたいのなら尚のこと。 「でしたら……そうですね。正午前に執務室へいらして頂けますか?」 「ええ。ありがとうございます。」 頭を下げてその場を立ち去る。 さて、昼までの時間をどうしよう。寝て過ごすのも勿体無いし、街にでも行こうか。 「さつきです。」 「どうぞ、入ってください。」 日が頭上高く登っている。南の国にふさわしくかなりの暑さだった。 失礼します、と声をかけてから入室するとそこかしこにうず高く積まれた書類が視界に映る。それは彼のこなす仕事の多さを雄弁に物語っていた。 「お忙しい中、申し訳ありません。」 「いえ、こちらとしても一度しっかりお話したいと思っておりましたから。」 無言の視線が用件を尋ねる。緩かに弧を描く口元に対して、目の光に軟らかさはあまりに微々たるものだった。 「まずはきちんとご挨拶を、と思いまして。 この度は滞在を許可して頂き、まことに感謝しております。」 深々と頭を下げて一息に言い切る。先のことを考えると、こういった言葉遣いにも慣れなくてはいけないだろう。 「こちらこそ。先日も言いましたように、シンドリアは貴方方を歓迎致します。」 「ありがとうございます。 ……私たちは、これから長い間滞在することになるでしょう。何かありましたら微力では有りますが、出来る限り、力をお貸しすることを約束致します。」 開けておいたポーチから、恐らく純金製だろう装飾品を数個取り出して机に載せる。 「これはその友好の証として。どうぞお納めください。」 部屋に一瞬の静寂が降りる。 新興国にとって、財はいくらあってもあまりはすまい。恐らく拒否されることはないはず。 そうは思っていても、やはり緊張はするらしい。背筋に嫌な汗が滲んだ。 「……分かりました。お心遣い、感謝致します。」 その返答にほっとして顔を上げると、肩にグラーシャが戻ってきた。入るなりすぐ机に下りてじっとこちらを見ていたので、そのまま傍観を決め込むものかと思っていたが、どうやらそうではないらしい。 「政務官さん、私も少し良いかな?」 尋ねるような語尾なのに、有無を言わせぬ圧力を感じる。何を言うのだろう。 彼女は相手の返答など聞く気などないとでもいうように目を閉じている。 「私たちは、先のバルバットのようなことには恐らく進んで事態収集に力を貸すよ。人々の暮らしに害が出るようでは寝覚めが悪いだろうから。 それから、普段の仕事なんかも、この子はよくやるだろうと思うよ。ここにいるための、当然の対価として。」 それでもね、と彼女は歌うように続ける。 「この子、さつきは私の選んだ王の器だよ。 君達に与することはあっても、例え他人からは仕えているようにしか見えなくても。 私たちの『自由』を妨げることは決して出来ないと、そう考えておいてくださいな。」 ジンというものは皆、こうも自身の選んだ器に肩入れするものなのか。普段の軽口と同じような音なのに、ひやりとさせられる。 「ええ、勿論ですよ。」 そう言った彼の笑顔が、作り物のように見えたのは果たして只の杞憂に過ぎないのだろうか。 「それじゃあ私はこれでお暇させて頂くわね。 今から少し出掛けてくるけど、夜には帰るわ。」 釘を指すような言葉を吐いたかと思えば、取りなすように軽やかな口調で。 何事もなかったかのように、グラーシャは軽々と窓から飛び立って行った。 そんなやり取りに、呆気に取られて固まっていた私を我に帰らせたのはジャーファルさんの声だった。 「……さつきさん。よろしければ、これから昼食ご一緒しませんか?」 「っ、はい!良いですね、行きましょう。」 ジャーファルさん、と名前で呼べば、二人の間の空気は和らいでいた。 (立場はあるけど、仲良く出来ると良い。少なくとも、そう出来るうちは。) 心中同じようなことを思っていたと知ったのは半年近くたってからだった。 (今はまだ、微妙に難しい関係。) [次へ#] [戻る] |