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『魔王に就職』
魔王の一日 《1》

 しがないフリーターだった俺が魔王の仕事に就いて、はや1ヵ月半。もともと環境への適応能力には優れているつもりの俺なので、このファンタジーでセレブな生活にももうすっかり慣れたものだ。

 魔王の一日は意外に規則正しい起床時間から始まる。朝日が地平線から顔を出すのと同時に、寝室の扉が開けられ、数匹の小魔物が手に手に朝食や洗面用具などを持ち、ちょこちょこと小さな歩幅で入ってくる。
 小魔物の1匹がベッドで寝ている俺の枕もとにオルゴールを持ってきて鳴らすと、別の1匹が大窓を開ける。明るく爽やかな旋律と共に、すがすがしい朝の空気が室内を満たしていく。
 ホットタオルを持った小魔物4匹が、ベッドの上に上がり、まだ寝ぼけた俺の手足をマッサージ。気持ちいい。血行も良くなり、だんだん目が覚めてくる。
 次に、洗面用具を持った小魔物たちがベッドの脇に待機しているので、俺はベッドに腰掛けたまま顔を洗う。差し出されたタオルで顔を拭き、ようやくベッドから下りて、背筋を伸ばす。

「おはよ、今日もありがとう」

 小魔物たちに挨拶をするが、彼らは言葉を話せないため、ペコペコと何回もお辞儀をして挨拶を返してくれる。尖った大きな耳に目玉は1つ、血管が透けて見えるほど薄くて青黒い皮膚、と見た目はグロテスクだが、大きさが4〜5歳の幼児くらいであるのと、こういうちょこまかした動きが妙にかわいらしい。

 俺がベッドから出るまでに、すでにテーブルには朝食の支度が調っていて、席に着くと料理の良い匂いに腹の虫を刺激された。
 ここに来る前は一人暮しで、ちゃんとした朝飯を食べる習慣がなかったので、初めは少し残してしまったりしていたが、今では朝からしっかり完食。朝ごはん食べると、何か元気がでるよね。

 朝食を済ませ、歯磨きが終わると、小魔物たちは部屋を出ていく。みんな出ていったのを確認して扉に鍵をかけ、それから俺は、クローゼットから服を選び、着替えをする。魔王様なら普通は小魔物たちに任せそうな着替えを、これだけわざわざ自分でやるのには訳がある。

 魔王アズマは、裸になると弱いのです。
 ……服着てても弱いけどね。
 魔王の衣装というのは特別で、まぁいわゆるRPGでいうと、ものすごく防御力がある服なんだそうだ。また、微量な魔力が織り込まれており、多少の魔法攻撃などは跳ね返すことができる。ただし、いくら防御力が高くても所詮は服。着る人の強さそのものが上がるわけではない。俺の場合、さっきの小魔物たちくらいのレベルの者からはこの服で身を守れるが、それ以上の強いモンスターなんかに遭遇したら一発でやられてしまう。さらに、魔王服を着てなかったら、あの小魔物にもやられちゃうほどの俺の弱さ。
 だから、俺の世話をする魔物はあの小魔物たちに限られ、魔王服から魔王服へ着替える、俺の身が無防備な間は、何人たりともこの部屋へ入れてはいけない。と、ナウラスに言われているのだ。

 普段着用の魔王服は色々種類があるが、俺は楽で動きやすいフード付きのローブ系のものを好んで着ている。……だって鎧とかは重たいし。ぴちっとしたバトルスーツみたいのは肩こるし。
 スウェットかジャージみたいな魔王服ってないのかな。ないよな。ってなわけで、ある中で1番着やすそうなローブを着てるんです。

 服を着たら、鏡の前で髪を少し整えて、側に置いてある小さな宝石箱から指輪を取り出し右手の人差し指にはめる。妖しく血の色に光るこの指輪は、魔王の証。これ自体にはたいした魔力などはないが、これをはめていれば俺は周りから魔王だと認識されることになる。黄門様の葵御紋の印籠みたいな、そんなアイテム。

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あきゅろす。
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