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『魔王に就職』
勇者参上。《13》


「さよなら、カイリ……元気でな、」

「シンジさんも……」

 ギュッ、と、短いが力強い抱擁の後、パッと離れて、照れ隠しのようにお互い顔だけで笑い、再び握手する。

 握った手をそろそろと解きながら、俺は後ずさるようにしてカイリから離れた。

「じゃーな、バイバイ、」

 そのままゆっくり、後ろ向きに歩く。最後に指先が、完全に離れたら、階段までダッシュするつもりで。

 カイリの指の感触が、ついに俺の手から、少しのくすぐったさと共に消えた。
 ……もう行かなきゃ。
 右足をもう一歩、後ろに踏み出す。

 ……ガタンッ!!

「!! シンジさんっ!!!」

 ……一瞬、何が起こったのかわからなかった。
 カイリが目の前から、天井に向かって飛んだように見えた。
 でも本当はそうじゃなくて、俺が地面に沈んだのだ。

 ……罠を踏んでしまったらしい。

「……ぅわ……カ、カイリ……」

 地面にポッカリ開いた穴に俺が落ちようとする瞬間、カイリが離れたばかりの右手を握り直してくれた。おかげで、俺は辛うじて、その手にぶら下がり、穴の底に落ちることを逃れた。

 ……だがこれは……。
 
「……くっ、シンジさんっ、もっとしっかり捕まって!」

 キツそうなカイリの表情。
 そりゃそうだ、あまり身長も体格も変わらない男の全体重を支えるには、カイリの腕はまだ若くて、それこそレベルが低すぎる。

「お願い、早く! ……手が滑りそうだから!」

 ……確かに、掴まれた右の手の平から手首にかけての部分が、湿ってきている。言われたまま、何とか左手を伸ばし、逆にカイリの右手首をしっかり掴んだ。

「……そのまま、捕まってて。すぐ引き上げるから」

 とは言うものの、無理だろう。カイリは、穴のふちに這いつくばるように伏せた状態で手を伸ばして俺を捕まえている。その体制で俺を引っ張るとなると、相当腕の力が要るはずだ。今でもプルプルと震えているカイリの腕に、それは無理な仕事だ。くそ、リ○ビタンDでも飲ませてやりたい。

 ……穴の下から時々ブワリと風が吹く。ローブのすそが広がり、スーッとした冷たい空気が胸元まで通り抜ける。
 ゾクリとする。
 落ちたらどうなるのか。
 チラリと下を振り返って望む。暗くてよく判らないが、底は深い気がする。……あ、思い出した。落とし穴の罠は、地下の貯水池に繋がっているんだっけ、ナウラスに教えてもらったことがある。どこから落ちても死にはしないが、二度と侵入したくなくなるような高さに設定してあると言っていた。
 ……言っていたが、やっぱ怖いものは怖い。死なないとは言っても、下は水だから上手く落ちれば助かるって意味だろうし。俺あんまり泳ぎ得意じゃないんだよな……

「うぅ……っくそ……」

 さっきから、何度か俺の身体が上下している。カイリが引っ張り上げては途中で力尽きて元の状態に戻しているのだ。

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