『魔王に就職』
勇者参上。《14》
「……カイリ、もういい、ありがとう。手、離すよ。下、水みたいだし、多分大丈夫だから」
仕方ない。死にはしないと言ったナウラスの言葉を信じるぞ。
「い、嫌だ! ダメです! 絶対助けるから離さないで!!」
「カイリ、ありが……」
下まぶたの膨らんできたカイリに苦笑し、最後にもう1回お礼を言って、手を離そうと思った。その時だった。
ゴン、と鈍い音がして、カイリの上半身がくったりと穴のふちにもたれ掛かった。
「グルルル……」
最悪だ。
あの、俺を襲った魔物が、今度はカイリを狙っている。頭を殴られて気絶してしまったカイリを、ボタボタと大量のヨダレを垂らしながら、見下ろしている。
「カ、カイリ! 危ない、起きろ!」
捕まえた手首を揺すりながら呼びかけるが、完全に意識を失っていてピクリとも動かない。
「グルル……」
魔物がカイリに覆いかぶさるようにしゃがむ。……マズい、カイリが食い殺されてしまう!
「クッソ、……んなことさせて、たまるかよっ!」
気を失ってもギュッと握られたままの右手を、何とか外し、その手でカイリの上腕にしがみつく。最近全然鍛えてないから筋力も衰えてるだろうに、よく片腕で自分の体重を持ち上げられたなと思う。火事場のなんとやらだ。
そして、身体を振り子のように揺らしながら、思いきりカイリを引っ張った。ズルッと、カイリの身体がふちからはみ出す。すかさず更に思いきり引っ張る。魔物が慌てて捕まえようとする手をすり抜けて、カイリの身体が穴に飛び込んだ。
フワリ、と、その瞬間は、全てがスローモーションのように見えた。飛び込んでくるカイリ。支えを失って後ろ向きに落ちる俺。悔しそうに穴のふちをしきりに掻く魔物。
ははっ、すまんな、お前なんかにカイリはやれない。飯はちゃんと城から出るから、こいつ喰わなくたって大丈夫だろ?
勝ち誇るように魔物に一瞥をくれてやる。飛び込んでくるカイリを、しっかりと抱き留めながら。
……そのあとのことは、何も、覚えていない。
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