[携帯モード] [URL送信]

遠き日の忘れ物
揺れ動く
さて盛岡にも冬が来た。 思えば前冬は大晦日にドカ雪が降ったっけ。
紅白を見ながら買い物に出たら道路が雪に埋もれていてコンビニの前で迷子になった。
「今年もああなるのかな?」 ファンヒーターを起動させながらぼくは思った。
しかし、ぼくの頭はそれどころではない。 もうすぐ函館へ会いに行くのだ。
クリスマスプレゼントを探すために朝からモバオクをチェックしている。
働いてないのだから高い物は買えないが、それで四人が喜んでくれるなら、、、。
目に付いた物をチェックしながら入札していく。
出発の一週間前までにはなんとか全ての物が揃った。
窓を開ければ冷たい北風が吹いている。
その中をガイドヘルパー 笹山知子と買い物にも出掛けた。
18年の春からお世話になってきた人である。
『お出掛けされるんですか?』 『函館に行くんです。 この人に会いに。』
『彼女さんですか?』 『どうもそうらしいですね。』
盛岡を離れることが決まった後、最後のヘルプをお願いしたのも彼女だった。
『これで本当に最後になります。 今まで利用していただいてありがとうございました。』
深々と頭を下げて帰っていった彼女だったが、しばらくして戻ってきた。
『お手紙とプレゼントを持ってきました。 ずっとお幸せに。』
23日、ぼくはまたハヤテの中に居た。
東北新幹線は新青森まで延長されている。 そのため白鳥は新青森からの運行になっている。
海底駅も営業を休止しているようで白鳥はそのまま突っ走っていく。 ぼくはゴーッという音を聞きながらぼんやりしている。
「あの親子はいったい、、、。」 その疑問が脳裏を掠めては消えていく。
確かに今の世で、函館で出会った親子である。
しかし、あれだけの懐かしさを感じるからにはそれなりの理由が在るはずだ。
それがどういうことなのか? ぼくには分からなかった。
函館駅に着くと四人はやはり待ちきれない様子でそわそわしている。
加奈子の手を握ってみる。 やはり懐かしさが込み上げてくる。
『さあ行くか。』 ぼくらは北風の吹く中をアパートへ向かう。
一年前には考えられなかった光景だ。
21年秋、加奈子は西村耕一と離婚した。 彼の浮気とDVが原因だった。
彼は子育てには一切無関心で出産にさえ立ち会うことは無かった。
離婚後、今のアパートに移り住んだ四人だが気の休まることは無かった。
小学校の近辺に彼が住んでいるからである。
不安のど真ん中に居る時にぼくが現れた。 それは不思議だった。
GREEの中の一つのコミュニティの管理人と1参加者である。
それが急速に親しくなり、やがて結婚を意識するようになろうとはぼくも予想しなかったことだ。
部屋に落ち着いたぼくはまず加奈子にプレゼントを渡した。
オークションで見付けたペアリングネックレスである。
『これ、安物なんだけど。』 受け取った加奈子は包みを開けると目を潤ませた。
『よし、買いに行こう。』 『何を?』 『ゆ び わだよ。』
三人の娘にも財布やポーチ トランプなどを渡したぼくは「決める時が来た」と思った。
ドンキホーテに着いても三人は大騒ぎをしている。
加奈子が指輪を選ぶのをさっきから邪魔ばかりしている。
もう、ぼくと加奈子の結婚が正式に決まったような騒ぎである。
やがてぼくらは互いの薬指に婚約指輪を嵌めた。
初めて来た日の夜からずっと隣で眠っている加奈子はいつもより暖かく感じる。
「どうやら置き去りにした親子を見付けたみたいだな。 後戻りは出来ないぞ。」
ずっと祈ってきた結婚がこんな形で現実になるとは、、、。
大晦日が来た。 娘たちはいつものようにドタンバタンの大騒ぎである。
いつもとはまったく違う大晦日である。
ぼくはいつも一人で新年を迎えてきた。 紅白を見ながらいつも一人で飲んでいた。
それが今は一緒に過ごす家族が居るのである。
もちろん、不安だって無いわけじゃない。 居るのは女ばかりなのだから。
思えば22年もいろんなことが有った。
加奈子と知り合った頃、行き着けだったパブ ぶすっこがシャッターを下ろした。
この店は15人も入れば満席の小さな店である。
ぼくにとっては隠れ家のような店だった。
その店をぼくに紹介したのは友人だった滝沢博則、18年の冬のことだった。
ぶすっこのママ 北村良子は派手なことが嫌いな人でいつもビールを飲んでいた。
店を閉める前、彼女がくれたギターを弾きながらぼくは思った。
「このギターを持っていくことはないんだろうな。」と。
二つ年上の彼女はぼくにとってはお姉さんだった。 一人で通うようになって三ヶ月が過ぎた頃、初めて食事に誘ったことが有る。
その日、彼女はずっと感じていた疑問をぼくにぶつけてきた。
『他の店では焼酎を飲んでるんだって? うちにも有るんだよ。』『飲みたい店と話したい店を分けてるんだよ。』
『どういうこと?』 『他の店は飲みたいから焼酎を飲むんだけどママとは話したいからウイスキーにしてるんだよ。』
そう、自分でも気付かないうちにぼくはそうやって飲み分けていた。
それからも彼女は飾らずにはみ出さずに変わらずに居た。
「静かになったな」と思うと隣で気持ち良さそうに爆睡してたりしたけど。
ぶすっこに通い始めた頃は何となく緊張したし警戒もしていた。
それは妹のスナック DOGの記憶がまざまざと残っていたからだ。
12年の夏、妹 康子は突然家出した。 それから一年、消息はまったく分からなかった。
13年12月、勤めていた老人ホームに中央病院のソーシャルワーカーから電話が掛かってきた。
『妹さんが一週間前に出産されました。 ご存知ないですか?』というのである。
『破水したからっていきなり来られたんです。 兄だって教えられた番号に何度掛けても出ないので調べさせていただきました。』
兄と名乗っていたのは妹にずっとくっついている高木義一という男である。
その電話から康子が結婚していたことも今の住所もはっきりした。
だが、そこから康子の借金が始まるのだ。
それは半年後の4月のことだった。
祖母の実家から団地に引っ越したぼくを、その日も康子が職場まで迎えに来ていた。
仕事を終えたぼくは康子の車に乗り込むといつもとは違う様子に気付いた。
さっきから携帯がしつこく鳴っている。 相手はどうやら男である。
車を止めて康子が外へ出た隙にぼくは友人に電話を掛けた。
『どうも妹の様子が変です。 これから団地に変えるので来てもらいたいんですが。』
団地で妹と初めて会った彼女は顔に深い傷を見た。
服を脱がしてみると身体中あざだらけだった。 ずっとDVを受けていたのである。
男は団地とは目と鼻の先に在るパチンコ屋に入り浸っていることも分かった。
警察は体の傷を見て傷害で被害届を出すように妹を説得したが康子は『離婚で決着させる』と言い張った。
翌日、ぼくは普段通りに出勤し午後六時に帰ってきた。
仕事中にも関わらず平静を装った高木が電話を掛けてきた。
さらには妹の居場所を聞き出そうとする女も。
さて、団地に帰ってきたぼくは知人に急かされるように隣町の障害者施設に身を寄せた。
坂下のパチンコ屋なら車でそんなに時間はかからない。
万が一を想定して市役所に手配を依頼していたのである。
案の定、夜になって男は団地に現れた。
一人の連れと一緒にナイフを振りかざして叫んでいる。
『北村を連れてこい! でなければお前らも殺す!』
知人の一人が警察を呼んで、現場は騒然となってきた。
『またお前か!』 警察官が呆れたように叫んだ。
なおも叫び続ける高木に向かってやや年配の男性が怒鳴った。
『何を言うか! そんなことはさせん! のぼせるな!』
意表を突かれた高木に警察官が追い討ちをかける。 『逮捕するぞ。』
高木は一気に青ざめて脅すのを止めて逃げてしまった。
妹はというと離婚の仲裁に入った市役所に洗いざらい話したらしく、こちらも施設に身を寄せていた。
もちろん、ぼくらが直接に連絡を取り合うことは許されなかったが、どうやら妹は携帯を預けなかったようである。
数日後、高木を施設に呼び寄せた康子は職員を脅迫して逃げ出したのである。
ぼくの方も施設での一日が始まった。創設者以外は本当の理由を知らされてはいない。
ぼくは早速勤めていた老人ホームに電話を掛けた。
やつはどんな手段を使ってでも居場所を聞き出そうとするからだ。
『ぼくは今、施設に居ます。 不振な電話が掛かってきたら無断欠勤で通してください。』
事務長の話を聞いてみると若い女が居場所を聞いていたらしい。
職員も利用者もほとんどが女性である。
やつらに乗り込まれたら人溜まりもない。
そこでぼくは辞職を決断した。 職安に通うのは2年ぶりである。
少しは落ち着くかと思ったが、今度は施設で立て続けに事件が起きた。
まずは現金が抜き取られ、次いで腕時計が消えた。
さらにはCDプレーヤーや携帯電話が水に濡れた。
そして最後には許せない事件が起きた。
施設では毎日二度、朝と昼に水筒に入れたお茶を配っている。
その日の昼もいつも通り居室にお茶が配られていた。
風呂上がりのぼくは暢気に一口飲んだ。 だが味がおかしい。
それに容器もベトベトしている。 どうやら洗い忘れではなさそうだ。
時間を空けてまた飲んでみたがやっぱりおかしい。 夕食後、職員に話すことにした。
『今日のお茶は変だよ。』 『どうして?』
『容器は汚いし漂白剤みたいな味がするんだけど。』 『嘘だ。 洗って入れたのは私だよ。』
洗面所で歯磨き指導をしていた生田舞子は半信半疑で聞き返してきた。
『ほんとだよ。 気分悪くて半分も食えなかったんだから。』 『ちょっと待ってて。』
彼女は歯ブラシを放り出すとぼくの部屋へ走っていった。
やがて青くなった舞子は理事長を訪ねて顛末を報告した。
だが理事長は最初からぼくの自作自演だと言い張って譲らなかった。
『あんたが自分でやったんでしょ? だから少ししか飲まなかったんだ。』
では他の誰かが多量に飲んでいたらどう言い訳をしたのだろうか?
『まさか多量に飲むとは思わなかった。』と苦しい弁解を繰り返すのだろうか。
まるで自分がやったと認めているようなものではないか。
報告を受けた創設者も『俺に任せておけ。』とは言うが何もせずに放置している。
たまりかねたぼくは所轄の警察に被害届を提出して団地に帰ってきた。
とはいえ、いつ男がやってくるかもしれない。
昼間のうちに用事を済ませてしまって夜はおとなしくしていることにした。 もちろん就活は普段通りに進めている。
老人保健施設や病院の求人にも応募した。
だが二ヶ月経っても返事は来ず年を越してしまうことになる。
例の障害者施設に身を寄せている間に休んでいたホームヘルパーも再開した。
再開して間もなくヘルパーのおばちゃんは銀行の封筒を見付けた。
『キャッシュカードだよ。 あんたが頼んだやつじゃないのかね?』 『は? 別の支店で作ってるから要らないよ。 ってか頼んでないし。』
『じゃあこれはどうするかね?』 おばちゃんは困った顔で差し出した支店へ電話を掛けた。
分かるような分からない話に行員も困っている。押し問答の末にぼくはその口座が作られた日付と登録されている携帯番号を聞き出した。
それで全てがはっきりした。
康子が住民票と委任状を銀行に提出し、高木の携帯で登録した。
ところがキャッシュカードの送り先はぼくの住所にしておかないと銀行に怪しまれる。
後でぼくからカードを受け取れば準備は完了する。
それでまた審判外車をうまく使って金を振り込ませようとしたのだろう。
行員は本部と協議した上で口座の封鎖を決断した。
『銀行が被害届を出さなければ警察は動けませんよ。』 話を聞いた警察官は呆れた顔である。
「高木のやつ小さい問題ばかり起こしやがって。」
しかしその一年前 二人は似たような事件を起こしていた。
オリコから請求書が突然実家に送られてきたのである。
祖母はそれを読んで激怒したが怒られてもぼくも内容を知らない請求書である。
翌日、ぼくは早速オリコの事務員を直撃した。
しかし初回は支払われていたので満足な回答を得ることは出来なかった。
だが二回目はそうもいかないようである。 ぼくは再び事務員を直撃した。
『ご契約者は北村康子様で120万円の車を買われています。 ローンは40回 月3万円のお支払です。』
『保証人は?』 『北村義光様となっておりますが。』
『ぼくさ、この契約については何も聞いてないし何も知らないんだよね。』 『でも契約されていますので、、、。』
『そんなことを言われてもぼくも困るんですよ。 今 妹は行方不明で居場所すら分からないんですから。』
『それはそちらの事情でしょう? こちらは契約を守っていただかないと。』 『では聞きますが保証人の確認はしましたか?』
『ご自宅で男性とお話しましたよ。』 『では書類に記載された職場に確認しましたか?』 『自宅でお話をしましたので確認しませんでした。』
『実はね、書いてある職場は去年辞めてるんですよ。』 『そうなんですか?』
この事件も康子が車を買うために高木がぼくに成り済ましたのである。
職場の確認をしていたらその場で嘘を見破れた事件である。
その後、オリコは保証人契約の無効と車の差し押さえを約束したがどうなったことか?
その当時 ぼくはギターを中心に楽器を買い漁っていた。
フライングVをはじめ、レイボーンモデルやHD28など毎年のように買っていたっけ。
MTRやエフェクターにも拘っていろいろと吟味した。
その中でもぼくが注目したのはエレキシュタールだったろう。
あのビョンビョンビョンというアジアンテイストの響きにリバーブやエコーを掛けてみると独特の響きになる。
さらにぼくは「物は試し」とばかりにリストーションを掛けてみた。
すると低温はまるでベースを一緒に弾いているようなズシンと響いてきたのである。
「これは使えるな。」とは思ったが実際に使うことは無くて今に至っている。
15年春になるとぼくは三ヶ所目の老人保健施設で働き始めた。
ここの副施設長は厳しい人で全盲であっても特別扱いはしなかった。
遅刻すれば一括され怠けていれば容赦なく叱咤された。 その代わり相談にはしっかりと応じてくれた。
出来ないことを出来ないのは何も言わないが、出来ることをしないのにはとことん厳しかった。
その施設での時間はぼくに大事なことを教えてくれたのかもしれない。
団地から職場まではバスで10分ほどである。 バス停からは二本目の路地を入ったところに在る。
その角は交差点になっていて、バス停から職場の方へ渡るとすぐ大きな側溝が在る。
ハローワークの職員も『ここはガードレールも何も無いから危険だね。』と言っていた側溝である。
ぼくが手を伸ばしてやっと路面に届くくらいだからなかなかに深い側溝である。
勤めて二日目、ぼくは見事にその側溝に落ちてしまった。
その日もバスを降りて上機嫌で歩いていた。 信号もまるで三段跳びをするような感じである。
ポンポンポンと渡った次の瞬間、足が中に浮いたと思ったらすごい勢いで滑り落ちてしまった。
何が起きたのか分からずに呆然としているぼくの頭上で声がした。
『そこで何をしとる?』 副施設長はぼくが職員であることに気付いてはいなかった。理事長は泥だらけになったぼくを見て澄ました顔で言った。
『あの側溝は危ないからね。 役場に工事するように言っておくよ。』 車も十分に飛び込める幅と深さを持った溝である。
溝というよりは用水路である。 ぼくが面接を受けた時には分かっていたはずである。
ハローワークの職員も指摘していたのだから、その時点で手は打てたであろう。
その施設を辞職した時、ぼくは丁寧に辞職願いを施設長に提出した。
それを読んだ副施設長は『お前にこんな文才が有ったのか。』と驚いたという。
辞職した二週間後、ぼくは雪の盛岡へ旅立ったのである。
少ない荷物と不安を抱えたままで。

[*前へ][次へ#]

3/4ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!