[携帯モード] [URL送信]

遠き日の忘れ物
乱気流
 あの騒ぎから一年半、康子も高木も息を潜めていた。
それがいきなり縁談を持ってぼくの前に現れたのだ。 目的は金を引き出すためだった。
杉田さやか 32歳 スナックとパン屋で働いている元看護士。
中学生の弟 小学生の妹、それに二歳になる娘の四人家族。
両親は3000万円の借金を残して自殺し、半年前に大分から逃げてきた。
とはいうものの康子が本人を連れてくることは一度も無かった。 さらに証拠が無くて追求することも出来なかった。
想像するにキャッシュカードで、クレジットカードで引き出している時には必ず高木が見張っていたはずである。
彼は自分からは絶対に動かず取り巻きの女にやらせるのが常である。
そうして150万円ほどを用意すると杉田さやかが家族。ごと姿を消す。
その後、ぼくの前に現れた高木は言うのである。 『さやかのことは嗅ぎ回るな。 探すのは友達に頼んでるから。』
まあ、元々存在しないことには気付いていた。 止められなかっただけだ。
ライフ レイク アプラス そして最後には神話とよくもまあ、、、。
それだけのことをやった康子は4月28日 スナック DOGのママになった。
右も左も分からずに乗りで飛び込んだ水商売である。 パトロンが付いているはずもない。
そして康子は高木と知り合った。 彼は踏み潰しの常習犯である。
店を出しては半年ほどで投げ出し、女に稼がせてはパチンコに明け暮れている。
どんな仕事をしても長続きした試しは無い。
それでも彼はスナック DOGのマスターとしてぼくの前に現れたのである。
その声には確かな聞き覚えが有った。 あの脅迫騒ぎを起こしたあの男である。
しかし事を荒立てるよりも舌を出しながら彼に付き合うことをぼくは選んだ。 姉でも半殺しにする男だからである。
『康子とは騒ぎの後に知り合ったんだ。』 白々しい嘘にぼくはうんざりしてしまった。
「こんな男と康子は結婚していたのか」と。
『あの痩せっぽちにやられたんかい? 俺がボコボコにすればよかったなあ。』 康子と繰り広げる白々しい芝居にぼくはうんざりしてしまった。
店は20人も入れば満員である。 誰の目にも子供の遊びにしか見えないちっぽけな店である。
運転資金も資産も無く、営業も成り立たない。
近所の野良猫と野良犬を駆り集めてきただけの即席スナックだった。 話が上手いわけでも流行に敏感なわけでもない。
マスターもただ酒を知っているというだけである。 康子ももちろん品格を備えているわけでもない。
そんな連中がどうしてスナックを始められたのか? パトロンも居ないのに。
不景気に不景気が重なっている今、建屋でさえもがいているというのに、粗磨きしかしていない女に投資する物好きは居ないだろう。
薄い薄い水割りを飲みながらハッとした。
「あの巧妙ずさんな縁談はこのためだったのか。」 ならば全てに辻褄が合うのである。
DOGが盛況だったのは六月末に19歳の優希が離れるまでだった。
彼女が辞めた後、高木は康子とバーテンの一人を夫婦にして神話から金を引き出すことを考えた。
しかし辺りにはブラックしか居ないので、ぼくの家を旦那が働く職場に仕立てた。
ところが、やつらはぼくもブラックにしていたからすぐにばれてしまった。
借りれないと分かると男三人は建設現場で働き始めた。
康子は康子で前に働いていたスナックに戻って働くようになった。 その間も店は続いていたが客はほとんど居なくなっていた。
そこに現れたのが医療事務をしているという藤田房江である。
印象はまあまあだったが、一週間後にぼくの前から姿を消すと、やつらの手の混みすぎた芝居が始まった。
房江は看護師の資格を取ってから福岡に来たことになっている。 しかし以前から高木を兄のように慕っていた。
両親は買ったばかりの家と三人の子供を残して離婚し、それぞれに再婚して新潟を離れた。
高校生の弟と中学生の妹は新潟で叔母の厄介になっている。 家のローンは房江が払っている。
有りそうでまず有り得ない話を延々と繰り返すうちにやつらも混乱してきたらしい。
新潟豪雨や台風 中越地震を持ち出して「房江のため」と金を要求してきた。
夏は海沿いに住んでいて台風に家の屋根を飛ばされ、秋には山沿いに住んでいて地震に遭遇して食べる物も買えないと訴えさせたのである。
ぼくの前から消えた後、高木は『親戚が倒れたから新潟に帰ってるんだ。』と話していたからそれを信用していた。
少し離れればすぐに見破れた話である。 しかしぼくは結婚に夢を見ていた。
上越線で長岡市から七つほど山側へ行った所に住んでいると打ち明けたのはクリスマスが近付いた頃だった。
建設現場で働いていたはずの男たちはいつの間にか仕事を辞めてふらふらしている。 うちの一人は律儀にも寿司屋でバイトを始めた。
『自分は昼間働いてるからバイトの金は店に入れる。』と言うのである。
康子はというと妊娠したことが発覚して全ての仕事を休んでいた。
その間、DOGは寿司屋で働く男の彼女「人妻」に任されたのだが、半年後にこの二人が逃げていることが分かった。
康子と関わったことでぼくの暮らしは滅茶苦茶になってしまった。 自身の弱さが招いた結果である。
いつも昼は一番安い焼きそばを食べていた。 電気や水道を止められたことも有る。
「なんとかしなきゃ潰されるぞ。」 そう思った時には夏になっていた。
借金の返済が滞って真っ先に動いたのは神話である。
ぼくの職場に西崎と名乗る女事務員が電話を掛けてきた。
そこで仕事が終わった後に直接会って話す約束を取り付けた。
どうやら返済不履行を解消するために本社から遣わされたようである。
その日、高木の相手をした事務員も同席して申し込みが別人であることを告白した。
だが、いざ裁判となると前言を翻して『知らない。 覚えてない。』と言い繕ったのである。
西崎では金を取れないと判断した神話は男を団地へ差し向けてきた。
その男が玄関に立ち会社から携帯に電話を掛けてくる。
そうやって逃げ道を塞いでから返済に応じるように迫ってきたのである。
手元に残していた3000円を男に渡したぼくは精神的に病んできていることに気付いた。
しっかりした判断をすれば払う必要の無い金である。
DOGはぼくの責任で閉店し店舗も明け渡した。 17年夏のことである。
サラ金はこぞって督促や請求を続けていた。
ぼくは知人にやっと相談して弁護士を紹介された。
『自身に覚えの無い借金は妹に請求させなさい。 それを内容証明郵便で送り付けるんだ。』
それに反発したアプラスは給料の差し押さえを裁判所に申請した。
そこでぼくは全てを捨てる思いで自己破産を申請した。
その後に福岡から盛岡へ引っ越したのである。
その直前、康子が春に産んだという女の子が死んだ。 大晦日の葬式だった。
出棺の日、ずっと一緒に居た高木は朝から一人で狼狽えていた。
何もしていないのにYシャツの襟がじっとりと濡れているというのである。 ぼくは思った。
その女の子が見えない楔を打ったのだと。 いつか康子もそうなるだろう。
彼らがやってきたことは間違いなく結婚詐欺なのだから。

[*前へ]

4/4ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!