1
おれ、御厨渚。
二十三歳。男子。
身長171。
顔面偏差値80。これ、ちょっと自慢。
なんとか言う声優に声が似ていると言われて女子から色々と構われていたけど。女と付き合う暇もなかったし、付き合ったとしても『お堅くて面白くない』と言われてフラれるのがオチ。
そんな学生時代だった。
今の世の中、情勢は厳しいと思えたから、ビジネスを学ぶために努力してより専門性の高い大学に入学した。
入学してからも、決して気を抜くことなく真剣にゼミに取り組んで。時代の常識ってやつの流れに乗って、就職難にいささかの焦りを抱きながら三年目から就活した。
ハリウッド映画のビジネスシーンに魅せられて、おれはカッコいいスーツ姿に憧れていた。
自信のある堂々とした風格。自分の意見を臆することなく言える科学的な強さ。議論出来るクールな環境。そんなシーンに自分を投影して、就職への原動力にしてきた。
経営コンサルタントなんて大それたものになれないのは自覚している。それでも、少しでも可能性があるなら、そんなビジネスの世界に身を置きたくて努力してきた。
修士課程は、実力も金もなくて断念。おれは実務からのたたき上げを狙った。
露田商事株式会社。
大正時代に『露田商会』として設立した大手老舗だ。
主に流通系で規模を拡大し、戦後進駐軍が去ってから現在の社名に改称。
製造・販売・陸海空の物流・保険貿易ならびに保険代理業務・マーケティングまでに規模を拡大した総合商社で、取り扱う商品はビジネスサプライから玩具までと幅広い、日本を代表する企業のひとつだ。
二十年ほど前から通信販売部門に進出。日本通信販売協会にも加盟し、その業績を確かなものにして今日に至る。
正直、自分自身が優秀な人材かどうかなんて自信がなかった。おれが就職内定したのは奇跡的で、露田商事なんて大手に就職なんて夢みたいだと思った。だから頑張って働こうと決めたんだ。
けれど、現実はそんなに甘くない。
自分が望む部署に配属される事もなく。
いや、厳密にいうと全く関連性が無い訳ではないのだろうけど。マーケティング事業部や企画開発部なんてやはり雲の上の存在で、おれは、オフィスサプライ事業の営業部に配属された。
文具、事務用品。PC周辺用品。学校教材。更に、文書・情報等、ドキュメント管理のトータルソリューションを目的としたサプライチェーン・マネジメント。オフィスや教室をより快適に、より効率よく成果を上げるために必要なサポート。それは、やりがいある仕事のはずだった。
営業の研修を受けて本社に配属され、先輩について回って得意先に挨拶をして、しばらくしてから独り立ちさせられた。右も左も分からない。マーケティングとは手法の違うこんな戦略なんて、得手不得手が必ずある。勿論、適性も問われる。
相手をその気にさせるためのトークが飛び道具なんだと聞かされても、実際統計とともにあった日々が心地よかったおれにとっては、こんな人とのコミュニケーションなんて苦手意識が消えないままで。それでも、なんとか人脈を築く基を作って来た。酒の席での接待も、苦手だけれど頑張ってきた。
なのにこれって何なんだろう。
ホテルのラウンジバーで深夜近くまで付き合わされて、「上に部屋をとってあるんだ。時間が大丈夫なら、そこでもう少し付き合ってくれないか」とか誘われて、のこのこ付いて行ったらこのザマだ。
相手は男だ。というか中年のおっさんだ。
突然身体の接待を求められて、訳が分からなくて。シャワーを浴びながら考えろと言われて洗面所に駆け込んだ。
そういうわけで、おれはピンチに陥っている。
〔戻る〕
[次へ#]
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!