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ここは、都会の夜景が見渡せるシティリゾートホテルの一室。
ビジネスシーンに利用されたり、学会やシンポジウムなどにも利用される多目的施設としての役割を持つ。
ていうか、そんなことはどうでもいい。
問題なのは、おれがおっさんに凌辱されようとしている事実なんだ。
「課長!……わたしはどうしたらいいのでしょう?」
一大事に臆して上司に電話で相談した。
「そうだね……。誰も無理強いはしないよ。君が同意しなければ、今期の取引が無くなるというだけだ」
携帯の向こうからは冷静な上司の言葉。
確かに事実はそれなんだ。けれど、こんなのってありか?
「そうなりますと……やはり、社にとっては損失と言うことに?」
「……うん」
「やはり……わたしは、先方のご期待に副わなければならないのでしょうか」
「そこは営業担当である君の考えで行動していいんだよ。君にまかせる」
「あ……あの!課長!」
「――済まない、わたしは今セックス中なんだ」
はあああぁぁぁぁぁぁぁぁっっ?
え?……ちょっ、ええぇぇぇぇっっ?
「これ以上先方をお待たせする訳にはいかない」
「や!……あの……」
「では、失礼する」
課長は至って冷静におれに対応してから携帯を切った。
というか、セックス中って……。ええっっ?
ちょっとまて。
ちょっとまて!
ちょっと待てっっ!
と言うことはあれ?課長もその……接待中?
いやいやいやいやいやいやいやいやいやいや。
それはないでしょう?有り得ないでしょう?
だってセックスって、セックス?だよね?
奥さんとか……。
奥さんって『先方』って言うの?
てか、課長。
独身でしたあァァァァァァァァ。
ああぁぁぁぁぁうああぁぁ……あ、う、うぉぼ!
おれは、酸欠気味な頭で考えすぎて胸が悪くなって。傍にあった便器に顔を突っ込んでザバザバと嘔吐した。
せっかく接待費で落とした高級会食料理が、ケツに行く前に便器に行ってしまって、理由の分からない涙がこぼれる。
これからおれのケツからは、肛門に優しい高級食材の便が出るのではなくて、得体の知れないグロテスクな何かが入るのか?
それとも、おれが挿れなければならないのか?
そんなことを考えて、おれは自分の股間を見つめた。
勃たない。
絶対に勃たないに決まってる。
あんなおっさん相手に、チンコ勃つかよコノヤロウ!
心の中でそんな悪態をつきながら、自分の将来と貞操を秤にかけて考えた。
このご時世、取引ひとつふいにするだけで、その後の関係に大きく影響するに違いない。
相手は、大手の安定した取引先だ。学生たちの教材一式を毎年うちから購入してくれている、工業大学の助教授だ。
おれのせいでこのパイプラインが断たれたとしたら、社にとっては重大な損失になる。それは、今期だけではなく、これから長く続くであろう関係を途絶えさせることになるからだ。
落ち着いて考えよう。
すこし頭を冷やそう。
おれは、まず、シャワーを浴びる事を決意した。
スーツにしわをつけるのは望ましくない。営業職は自分自身も商品の一部であると自覚しているから、身だしなみには特に気を使う。
しかし、ハンガーも何もないこのバスルームユニットでは仕方がない。
おれは脱いだ衣服一式をきちんとたたんで蓋を閉めた便器の上に置いた。
身体に染みついた営業根性は、こんな時にも徹底していて物悲しい。
いいだけ吐いて虚脱状態だ。
おれは惰性で浴室のドアを開けた。
バスタブにドウドウと湯を張りながらシャワーを浴びる。
先ほどまでの緊張感は、疲れ果てた心身に相殺されたように感じなくなっていた。
状況は変わらないのに。
やばい。
なんとなく流されてしまいそうになっていないか?
おれ。
というか、課長。マジで枕営業中だったんだろうか。
そうだよな。プライベートの行為をおれなんかに申告するかっての。
「先方をお待たせできない」とか言って。
あの絶対崩さない堅物な美形風の真顔をぶら下げて、女のあちこち舐めてんだろうな。
クールで品のいいインテリ。冷たい印象の縁なしのメガネ。
およそ、肉欲とは縁のなさそうなあの人が、セックスを売り物にしてるのかよ。
会社はそれを知ってるのか?
枕営業を推奨しているのか?
なんだよチクショウ。わけわかんねぇ。
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