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僕の痛みを君は知らない
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「美味しいです」
「ありがとう」
 見上げて伝えると、彼は極上の笑顔をくれた。そんな神々しさに気圧されて、気恥ずかしくなってしまう。
 埃まみれの服は傍の椅子に脱ぎ捨ててあって、今、毛布から出ているおれの上半身は何も身につけていない。いかにも起きぬけの状態でいるおれは、他人には見せられない姿だ。
「あの……」
「はい」
「一度帰って、着替えてきたいのですが。構いませんか?」
「それはいけません。ここから出ないようにとの仰せでした」
 彼はおれが気になっている事を察してくれたようで「少しお待ちください」と言い残してから部屋を出て行った。
 ふたたび独りになった室内はとても静かだ。
 そのなかで、温かく豊かなコーヒーの薫りに包まれて、おれは落ち着きを取り戻してきた。
 コーヒーが空きっ腹にしみる。そういえば、昨夜は食事を取り損なったんだっけ。
 腹減ったなあ……。
 ウインドウの明るさが丁度よく押さえられて、柔らかい日差しがベッドまで届いている。
 居心地の良い環境で、いつもの日常の感覚が戻ってきた。
 ひとときの平和にひたっていると、微かに聞こえてくる爆音に気づいた。それは少しずつ接近して、気になって窓の外を見るとヘリの機影が近づいて来ていた。おれは、再び恐怖心に駆られて戦慄した。
「――おまたせ」
 室内に戻って来たブロンディ中将は、そう言いかけてからおれの様子に気づいたのか、すぐに駆け寄って来た。
「どうしました?」
 おれの様子をうかがう彼の袖を思わず掴んでいた。
 また、襲撃されるのではないかという強い不安が、頭をもたげてくる。
 彼はおれの視線を追って外を眺めた。そして、おれの不安を知ると、穏やかに微笑みを向けてきた。
「大丈夫ですよ。あれは……」
 手にしていたユニフォームをおれに渡して、着替えを促してくる。
「軍用のヘリです。このビルのヘリポートに着陸するようですよ」
「そう、なんですか……」
 おれは彼から手を放して、ユニフォームに袖を通した。
 情けない。まるで、緒戦を経験した後の新兵のようだ。
 コックピットの外のほうがストレスを感じるなんて。根っからのパイロットなんだな、おれ。
「――タカっ!!」
 突然飛び込んで来た来訪者におれは驚いた。
「聖?」
 彼は一直線におれのもとへやって来て、あっというまにおれをベッドに押し倒した。
「タカ。ケガは無かったのか?」
 不安げな表情でおれを見下ろしてくる。
「どうして……。ツアーじゃなかったの?」
「タカが心配で……。でも、ライブ中だったからすぐに来れなくて」
 こういうのってめちゃくちゃ嬉しい。じゃああのヘリは聖だったのか。
 抱き着いてくる聖の背中を抱いていると幸せな気分になってきた。
 けれど、現実がふたりを我に返す。
 ふたりの腹が同時に鳴った。
「オレ、朝飯まだなんだ」
「僕は夕飯からおあずけくってる」
 おれたちは互いに苦笑いを向け合った。
「食べにいこうか?」
 勿論……と答えたいけれど、おれは一応ブロンディ中将にお伺いをたてた。
「いいですか?」
 彼はにっこりと笑って応えてくれた。
「本部ビルの中なら構いません」
 おれは急いで支度をしてから、同様に着替えた聖と一緒に部屋を後にした。



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