僕の痛みを君は知らない 8 統合本部の最上階。総帥の執務室の奥。その仮眠室のベッドの上でおれは朝を迎えた。 すぐに帰宅するのは危険だからと、彼はおれをそこに押し込んでからどこかへ消えた。自分が戻るまでここを出るなと命じたまま、彼は未だに戻らない。埃まみれで冷えきった身体をシャワーで温めてからベッドにもぐりこんだものの、いろいろ考えてしまってどうしても寝付けなかった。それでも、朝方には少し眠れたんだろう。目覚めてからそれを自覚した。 あれは一体なんだったのだろう。現実に起こった事なのだろうか。今となっては、あの出来事があまりにも非日常的すぎて、夢でも見ていたような気がしてくる。戦場でもない都会の街中でヘリに襲撃されるなんて、インパクトが強すぎて現実とは思えない。 どうしておれたちが狙われたのか。一介のパイロット個人を狙って来るとは思えないし、敵が本国まで潜入できるとも思えない。 そんな風に考えながら、目覚めてもまだベッドの中でだるい身体を持て余していると、部屋の入り口からおれの起床を促す声がした。 「おはようございます。体の調子はいかがですか?」 コーヒーの薫りとともに、近付く声に促されてベッドから起きてみると、そこには軍のお偉方が上品なカップを手に立っていた。 「どうぞ」 驚きすぎて茫然としたまま何も返せないでいるおれに、彼はカップを差し出した。 総帥付官房ジェイド・ブロンディ中将。 末端の兵が、そうそうお目にかかれる相手じゃない。 なぜ、この高官がおれにコーヒーなんて淹れてくるんだ? 「お好きではありませんでしたか?」 いつまでもコーヒーを受け取らないおれに、彼は困ったように尋ねてきた。 おれは我に返って慌てて応えた。 「いえ。すみません、いただきます」 カップを受け取ったおれを、彼はほっとしたように見守っている。 「――あの」 「はい」 上品な笑顔。くせのない輝く金髪。宝石のようなブルーグリーンの瞳。 まるで、映画やゲームに出てくるようなレベルの高い軍師がそこに立っているようで。きっと服の中身は鍛え上げられた筋肉のかたまりなんだろうと思えた。 こんなに緊張したのは、大統領に会ったとき以来だ。 「どうして、閣下のような方が、自分に……」 おれの不躾な質問に、彼は笑顔のまま応えてくれた。 「あなたにお仕えするようにと、黒木中尉に頼まれました」 「そ、なんですか……」 おれは解せなかった。黒木さんに頼まれただけで、おれに仕えるってのはどう考えても変だ。うつむいて色々とまとまらない思考を巡らせていると彼がコーヒーをすすめてきた。 「どうぞ、冷めないうちに」 よく理解できない事が多すぎるけれど、落ち着いてからまた考えよう。 おれはコーヒーをひと口飲んでから、それがとても上質なものだった事を知った。酸味も苦みも適度に抑えられて口当たりがいい。おれはその温かさに救われてほっとした。 [*前へ][次へ#] [戻る] |