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楽園の紛糾
Love Songが聴こえる2





「大丈夫か?葵」
 個室まで送ってもらいベッドに座らされた葵は、うつむいたままべそをかいていた。
 どう仕様もない感情の波が、葵を包んで放さない。
 認めてしまえば、失恋が待っている。
 そんな想いは封じ込めておきたかったのに、当の土井垣に知られてしまった。
 葵は泣くほかなかった。
「葵。……キムさんとの事は、おまえが思っているようなものじゃない」
 土井垣はなんとか言い訳をしたかった。
「そりゃあ、その……俺もどーしよーもなく男だから、そんな気分にもなってだな……。生理的に、フェロモンに惹かれてしまうのは仕方がないと思ってくれ」
 土井垣の言い訳は苦しかった。以前、キムとの甘い時間を葵に邪魔されて怒った事がある。
 そんな葵を真面目に口説くのは、はなはだばつが悪い。
「だけどおまえもな……」
 野村との事を指摘しようとした土井垣だったが、その言葉を呑んだ。
 野村の事を口にすれば、彼女は傷つくだろう。
 葵は土井垣に、何が言いたいのかと視線で訴えた。
「いや、なんでもない」
「なによ」
「なんでもねーって」
「なによ……ちゃんと言えばいいでしょう。どうせあたしはタカさんにフラれたわよ。髪まで切って男の子みたいになっても、結局はフラれちゃったわよ!バカみたいだと思ってるんでしょ!」
「そんなコト思うわけねーだろ!」
「思ってる!」
「思ってねー!」
「絶対思ってる!」
 意固地な葵に、土井垣は業を煮やした。
「……ったく!わかんねーアマだな!」
 葵の身体が、不意にベッドに倒された。
 女性にしては長身なはずの葵の身体は、土井垣にすっぽりと包まれてしまった。
「おまえのコトが頭から離れなくなってから、俺は誰も抱いちゃいねぇ。俺はおまえが好きだし、おまえ以外は欲しくねえ。そんなコトくらい分かれよ」
 土井垣は葵の身体を抱き締めた。
 下敷きになって苦しいはずの葵は、なぜか心地よい温もりに絆されていた。
 規則正しい鼓動が身体に伝わる。
 土井垣は決して葵を潰さないよう、自分の体重をその両肘で支えていた。
「要塞くんだりまで救出に来てくれた……。おまえの度胸と仲間を想う気持ちは男前すぎる。あれで俺は完全にもってかれた」
 どうして無茶な救出に向かったのか、葵は自分でも分からなかった。
 土井垣の無事な姿を確認したとき、緊張の糸が一瞬ほどけた。
 それがどんな感情に因るものなのか、葵はそれを認めたくはなかった。
「俺を救いに来てくれた。そう思ってもいいんだろう?今までの態度はテレかくしだった……って思ってもいいんだろう?」
 土井垣は葵の身体を離して、少し距離をおいて見つめた。
 野村との事もあって、悲しくて、悔しくて、それでも認めたくない感情は容赦無く襲ってくる。
 葵は目を閉じて、認めたくなかった負けを認めた。
「あんたみたいなデリカシーのない男は、一番キライなタイプだったのに」
 過去形の言葉に土井垣の表情が綻んだ。
「そうか……」
 らしくない甘い声に誘われて、葵は潤んだ目を開けた。
「デカくて不良な男は、ホントは怖かったのよ」
 ちょっと聞きたくない言葉だった。
「乱暴な口利くのもキライ」
「そりゃ……どーも……」
 本当に好かれているのか不安になる。
「それなのに……どうしてこんなに、温かくて気持ちいいって思えるのか分かんないよお」
 ふたたび混乱しながらべそをかく葵の告白に、土井垣は一気に舞い上がった。
「葵……」
 土井垣はそっとキスを贈る。
 唇がふれるだけのそれは優しく温かかった。
「俺はおまえが好きだ。大切にしたいと思っている」
 柔らかい葵の唇を何度かついばんで軽く吸い上げる。
 葵はその心地よさにうっとりと身を任せていた。
「篤士、さん」
 不意に葵の口をついて出た自分の呼び名に、土井垣の胸が疼く。
「……ホントは優しいのね」
 葵は甘えるようにささやいて、土井垣の背中に腕を回して応えた。
 それによって土井垣は、恐慌状態に陥った。
(――くっそ可愛いっっ!たまんねぇっっ……)
 葵を欲しいと思う気持ちと葵の告白が、土井垣の下半身を直撃した。
(だめだ……落ち着け篤士!ここで踏みとどまれ!)
 葵の気持ちを思うなら、一気に最後までなだれ込んではいけない。
 大切にしたいと思った以上、それを貫いて紳士でいなければならない。
(相手はバージンだ……。夢を壊すな!)
 強く自分に言い聞かせて、土井垣は葵の横につっ伏した。
「篤士さん?」
 葵は土井垣の様子が気になって、身を起こしてその顔を覗き込んだ。
 苦痛様に歪んだ表情が何だか痛々しい。
「ごめん、葵。嬉しすぎて、泣けてくる」
 ごまかす土井垣の言葉に酔わされて、葵は俯せた広い背中に身体を寄せた。
「……わたしも」
 土井垣は心で涙していた。
 じっくり時間をかけて、いつかきっと彼女の純白の操を頂こう。
 それが約束されるなら、少しくらいの時間など取るに足らない。
 土井垣はそう自分に言い聞かせて、今は親の言うことを聞かない息子をどうなだめたらいいのか思案していた。



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あきゅろす。
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