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楽園の紛糾
Love Songが聴こえる1



6.Love Songが聴こえる



「ラッキー……かな」
 新型ガイアス、リーンフォースのコックピットで、野村はほっと一息ついて緊張をほぐしていた。
 正直言って、腰が抜けて下半身に力が入らない。頭がぼうっとして思考がまとまらない。
 こんな状態で出撃しても、撃墜されるのがオチだと自分でも分かっていた。
 今までこうならないように自制して来た。
 いつ出撃が命じられるか分からない状況下では、恋愛感情など心身共に悪影響を及ぼすだけだと主張して、頑なに禁じて来たのにこの有り様だ。野村は今後の事を思うと憂鬱になってきた。
 黒木と聖に自分の感情を知られてしまったからには、これからの彼等はためらいなく自分を求めてくるだろう。
 こんなはずではなかった。
 また独りに戻ったはずなのに、一遍にふたりも恋人が出来てしまっては身体がもつはずがない。
 それに加えて、黒木は自分を調教しようとしている。
 調教ってなんだ。
 なんの調教をしようとしている?
 いろいろと考えて、それが易々と予想出来るだけに、野村はこれからの自分が可哀想になってきた。
 今までの焦れったい想いに比べれば、それは贅沢な悩みかもしれない。
 けれど、野村は自分自身の理想像を崩されるであろう今後の在り方に、いい感情を抱く事など出来なかった。
「タカさん。待機命令、解除されましたよ」
 いつまでもぼうっとしてコックピットから降りて来ない野村を案じて、葵がコックピットまで上って来た。
 ハッチを開けてコックピットを覗き込む葵は、野村の覇気の無い表情に気付いた。
「タカさん?」
 ふたたび葵は声をかける。
「あ……何?」
 野村の意識がやっと葵と向き合った。
 葵は野村の集中力の欠落を感じ取る。その原因もなんとなく予想出来た。
「タカさん。悩んでる?」
「え?……何を?」
 操縦席に座ったままの野村は、キャノピー脇に肘をついて覗き込む葵に尋ね返した。
「恋愛感情がタブーだとか、片思いだとか言いながら……。愛人ふたりも作っちゃあ言い訳もたたないわよねぇ」
 何の心構えも無いまま無防備でいた野村にとって、その一言は急所に直撃した。
 一瞬で顔色が変わり、動揺が隠せない。
「あれからどうなったの?タカさん大丈夫だった?」
 修羅場を予想していた葵は野村の身を案じていた。
 真剣な眼差しで見つめる葵に、何だかほっとする。
 少なくとも軽蔑だけはされていない事を知って、野村は安心感を覚えた。
「いや、大丈夫。どうもしないよ」
 野村は何事もなかったかのように返した。しかし、そんな答えに葵は納得しない。
「これからどうするの?ふたりと付き合うの?」
 野村は失笑した。自分を慕っている葵の干渉は不快ではなかった。
「おまえが土井垣と付き合ってるっていうなら、教えてやってもいいよ」
「あんなひとっっ!」
 葵は野村の指摘で、耳元まで真っ赤になった。
「悪い気はしてないんだろう?あいつ結構おまえには真面目に取り組んでいるじゃない。あんなに求められちゃ……少しくらい好みのタイプから外れていたって、応えてやってもいいんじゃないのか」
 野村の逆襲は葵を黙らせる。操縦席を出て、葵の横に立ってから昇降機を下げた。
「ポリシーもプライドも、なんの役にも立ちはしない。本当に好きな相手が現れた時には、そんなものは邪魔になるだけだよ。一旦恋におちてしまえば、カッコ悪い自分しか残らなかった……」
 自嘲ぎみにかすかな微笑みを浮かべて話す野村は、どう仕様もない現実を受け入れていた。
 艶を帯びた蠱惑的な表情。自分に向けられはしない感情。それなのに、そんな野村が素敵だと思う。
 以前よりこんなに近くにありながら、随分遠くにいってしまったと感じる。
 野村との距離は、葵自身がよく分かっていた。
 ふたりはフロアに着いた昇降機を降りた。
「タカさんは今でもカッコイイです」
「そうか?」
 野村は、一生懸命気持ちを伝えてくる葵に微笑み返した。
 そして、艦内へのゲートに向かいながら、その先に土井垣が葵を探している姿を見つけた。
「葵」
 ふたりの姿を見つけた土井垣が手を振りながらやって来る。
「あいつに応えてやれよ……。僕みたいなホモで浮気な野郎より、ずっといい男だ」
 葵は困ったように表情を曇らせて土井垣を見つめた。
「だって、あのひとはわたしのバージン突き破る事しか考えていないんですよ。遊び相手なら、ちゃんといるのに……。看護師さんとの関係、知ってるんですから」
「へえ、おまえバージンだったの?」
 今更ながら野村は感心した。
「それじゃあ尚更だ。七面倒なバージンを遊び相手にしようなんて病的な奴はそうそういない。あいつはきっと、おまえの事を本気で好きなんだよ」
「どうしてそんな事が言えるんですか?」
 本当はどうしていいのか分からないでいる、葵の困った表情が可愛らしいと感じる。
「そりゃあ分かるさ。僕だってバージンなんだ」
 葵は唖然として野村を見つめた。
 自分のことをそう表現するなんて普通じゃない。
 葵は直感した。
 黒木と聖との間にある野村との関係が、なんとなく分かってしまう。
 そんなふうにぼんやりと考え事を巡らせていた葵を、やって来た土井垣が抱き寄せた。
「迎えに来たぜえ。食事でも一緒に……どう?」
 葵はいつものように抵抗が出来ない。
「土井垣。彼女は僕の大切な戦友だ。幸せにしてくれよ」
 野村はそう言い残してふたりから離れて行く。
「ンなコトおまえに言われなくっても!」
 一瞬不愉快になって食ってかかった土井垣だったが、直ぐにその意味を考えてみた。
「……って、どーゆーコトだ?」
 葵に尋ねると、葵はなぜか動揺して赤面している。
「まさか……葵ちゃん」
 ここで、いつもは力いっぱい否定する葵の態度が見られない。
 土井垣は感無量で葵に迫った。
「俺の事好き?好きだったのか?」
「わか、んない。だって、あたしはタカさんが好きで……」
 どうしていいか分からずに、動揺した感情が昂ぶってしまう。
 好きだったはずの野村に背中を押されて、葵の感情は支えを失いあえかに揺らいでいた。
「葵?」
「わかんないよ……。あんたみたいないいかげんな男、好きになるわけないじゃない!」
 今までそう思っていた。
 そう信じていた事で、自分自身の感情が走りだすのを押さえていた。
 たぶん自分よりずっと大人の男に対して太刀打ち出来ないような気がして、夢中になってしまった時の自分を思うと、身動きひとつ出来なくなってしまうんじゃないかとさえ思えて怖かった。
「キムさんみたいに、キレイな大人の女のひとが好きなくせに。……あたしが好きだなんて、信じられるわけないじゃない!」
 土井垣は絶句した。
 怒りながら半べそをかいている葵の言葉が信じられない。それはまるで、土井垣に惹かれていると告白しているようなものだ。
「それは……」
 嬉しいが、誤解は解いておきたいし、周囲の視線も気になる。
 土井垣は葵の肩が頼りなくふるえている事に気付いた。
「ちょっと場所を変えるぞ!」
 周囲の好奇心をシャットアウトすべく、土井垣は葵の肩と両膝を抱え上げて走り出した。
「どうしたんだ、あんなに慌てて」
 自分の横を勢いよく走り抜けて行った土井垣の後ろ姿を見送って、野村は唖然としてつぶやいた。
「よう、隊長どの。出撃がなくて良かったな」
「――黒木さん」
 土井垣とともにハンガーまで迎えにやって来た黒木は、野村をずっと見守っていた。
 何の心の準備もないまま出会ってしまうと、さすがにあんな事があった後では気恥ずかしくて赤面してしまう。
 野村ははにかんだ様子でうつむいた。
 黒木は、そんな野村の純情を見せつけられると、ついからかいたくなってしまう。
「迎えに来た。早く続きがしたくてね」
 黒木が耳元でささやくと、野村は困ったままさらに赤面する。
 恥ずかしいだけではない。何かを予感して、どう仕様もなく身体が反応してしまう。
「困ります。……僕は」
「またしばらくスクランブルはかからない。今度はゆっくりできるよ」
 襟元にくちづけられて、野村はそこに立っている事さえやっとだった。
 甘美な罠に搦め捕られて、もう抗えない自分がいる。
 野村は観念して黒木の胸にもたれかかった。
「……優しく、してくれますか?」
「勿論だよ。決して君を傷つけたりはしない」
 野村の問いはその想いを伝える。
 黒木は満足そうに微笑みで応えた。




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