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ゆすら様より・1
彼女は森の奥にある演習場へと来ていた。
任務のない非番の日。
彼に会いたい時はまずここに来る。
すると9割近い確率で彼に会える。

そしてその予想通り、彼はいた。

彼は彼女が来ている事に気付いているはず。
だが彼は何も言わず黙々と修業を続けていた。

そんな彼を、彼女は黙って見つめながらひとつ溜め息をついた。


彼の目に映るにはどうすればいいんだろう?
彼の心を自分に向けるにはどうすればいいんだろう?


彼女の頭の中は彼でいっぱいなのに、彼はそんなのお構いなし。

ただ己の目的の為に強さだけを求めている。


彼女が彼に会いに来てからそろそろ1時間。
彼はほんの一瞬たりとも彼女に目を向けることすらしなかった。

いつものこと。

そうわかっているはずなのに、何故かこの日の彼女にはその現実がツラかった。

ふと、頭にあることが浮かぶ。
くだらないと言えばくだらない疑問。
でもどうしても知りたくなって、彼女は遂に彼に声をかけた。

「サスケくん、私が今、急にいなくなったらどうする?」

鬼気迫る程に真剣、ではないが冗談、という感じでもない、そんな微妙な雰囲気で尋ねる。

声をかけられたらからなのか、質問の内容のせいなのかはわからないが、彼は漸く手を止めて彼女を見た。
そして、顔色ひとつ変えずにするりと答える。

「……別にどうも?」

「…そう、だよね…。」

泣きそうな声色とは裏腹な笑顔で彼女は彼に返す。
彼女にとって彼のこの答えは予想の範囲内のもの。

でもそれでもやはり胸の奥はチクリとした。

「…………何かあったのか?」

「…え…?」

「おかしなこと尋いてくるから。」

そう言うと、彼は修業を再開した。
彼女は彼を見れず、少し視線を外した。

「…何も、ないよ。しいていえば…失恋かな。」

彼女の言葉に彼は一瞬ピクリと反応した。
が、すぐに修業に戻る。

「…何だそれ。」

「……今日はもう帰るね。邪魔してごめんね。」

彼女はそう告げると逃げるようにその場を後にした。
彼は走り去る彼女の後ろ姿を一瞬捉えると、修業を止めて彼女の後を追うことにした。

いつもならこんな事はしない。
彼と彼女はただのチームメイト。
恋人ではない。

でもこの時の彼は何故か彼女が気になった。

彼女のすぐ後を追ったはずなのに、彼女の姿を捉えることが出来なかった。
彼は写輪眼を使い彼女のチャクラを探す。
任務で常に一緒の彼女のチャクラを見間違うはずも忘れるはずもない。

なのにこの時は彼女のチャクラすら捉えられなかった。

「…何も、ないよな…?」

ぽつりと呟いた彼の胸では何故か不安が占拠していた。






次の日、彼は第七班の集合場所にいた。
集合時間より早く来るのは彼の習性。
そしてその後、集合時間までに来るのは彼女と決まっていた。

決まっていたのだが…。

この日、彼の次に来たのは金髪の“ヤツ”。
その次に来たのはいつもなら集合時間を大幅に遅れて来る担当上忍。

彼女は、来なかった。

「さ、今日の任務に行こうか。」

「カカシ先生、サクラちゃんがまだだってばよ!!」

ヤツが担当上忍に尋ねると、担当上忍はさらりとごく当然のように答えた。

「サクラは……今日はお休み。」

「ええー!?どうしたんだってばよ?」

「ちょっとね。さ、行くよ!」

ヤツはブーブー言いながら担当上忍の後をついて行く。
彼は担当上忍が話を逸らした事と言葉に詰まった事に気付いていた。

が、担当上忍はキレる。
時間にルーズでやる気なさげに見えてもエリート上忍なのだ。時代が違うとはいえ今の彼くらいの年齢の頃にはとっくに中忍として活躍し、まもなく上忍昇格かと言われていた程の天才忍者。

その担当上忍が話を逸らすという事の意味を彼は何となく感づいていた。
でも、怖くて聞けない。

らしくないと思いながらも彼はそのまま任務へと向かった。





彼女のいない第七班での任務はそれから10日程続いた。
ヤツは毎日のように担当上忍に尋ねるが担当上忍はのらりくらりと交わしていて。

担当上忍の言い訳にうまくごまかされるヤツとは違い、彼は彼女の事情が不安になりとうとう担当上忍に噛みついた。

「サクラは今どうしてるんだ!?」

彼がそう尋ねたのは任務も終わりヤツは既に一楽へと向かい、担当上忍がこれから報告書を提出に火影の元へと行こうとした時だった。

担当上忍はヤツの時と同様ごまかそうとする。
だが彼は今期の木の葉No.1ルーキー。
既に中忍クラスと言われる実力とセンス、そしてそれに充分に見合う知力の持ち主である。

適当なごまかしをはねのけると真剣な眼差しで尋ねた。

「何でサクラは任務に来ない!?サクラに何があった!?」

「…ま、お前にならいっか。そのかわり……何を見ても冷静でいると誓えるか!?」

「え…?」

担当上忍の目は、真剣だった。
いつもはややとぼけ気味な垂れ目が今日は彼の写輪眼の奥をも見透かす様な鋭さを放つ。

彼は一度深く息を吸うと、担当上忍にこう返した。

「オレはいつだって冷静だ!」

「……ついてこい。」

担当上忍が移動を始める。
彼もその後をついて行く。
とりあえずは報告書の提出に火影の元へと行く。
担当上忍は火影に報告書を渡した後、彼を彼女に会わせる事を火影に伝えた。

彼には意味がわからなかった。
何故わざわざ火影に許可を得なければならないのか。

チームメイトに会うだけ。

ただそれだけなのに。

火影から無事に許可を得たらしい担当上忍は彼を木の葉病院に連れてきた。
案内されたのは病院の中でも奥の方にある、人目につきにくい病室。

担当上忍は病室の扉の前で彼にこう言ってから扉を開いた。

「ショック、受けるなよ。」

彼が担当上忍の言葉の意味を理解したのは、病室に入ってすぐの事だった。


「…サ…クラ…?」

彼の目の前にいるのは、いつも明るく話しかけてくる笑顔の元気な彼女ではなかった。
ベッドに寝かされ点滴の管が数本ずつ両腕に繋がれている。

この10日程の間に彼女が少し痩せたような、やつれたような風に彼の目には映った。

彼はベッドのすぐ傍に行くと、彼女の髪をスッと梳く。
彼女はピクリとも反応しない。

「…一体サクラに何があったんだ!?」

「…10日程前、さらわれかけたんだ。」

「さ…らわ…?」

彼は言葉に詰まった。
その日に心当たりがあったから。

「10日程前の七班の非番の日、あっただろ?その日オレは朝から火影様の命で外に出ていて里に戻ってきたのは昼前だった。」

担当上忍は彼女に目を向けた。

「…そいつは里の中に潜入していたらしくてな。サクラを抱えて里を出ようとするそいつと鉢合わせたんだ。」

敵は担当上忍の手によって即座に始末され、意識を失くしていた彼女をすぐ木の葉病院に連れて来た。
だが、彼女の意識が戻らないのは当て身を受けたからでも怪我のせいでもなかった。

彼女は、幻術をかけられていたのだ。

通常なら幻術をかけた者が命を落とせば幻術も解除される。
なのにサクラの幻術は解けない。

彼女は幻術の才能を持っているのに。
何故この幻術を自力で解けなかったのか!?何故今も意識が戻らないのか!?

白眼や写輪眼でチャクラの流れを診て対策を施しても彼女の意識は戻らない。

衰弱を最低限に抑える為に彼女は今、点滴治療を受けさせられている。

「…これが…幻術…!?」

「…ああ。オレの写輪眼でもネジの白眼でも、紅にも確認してもらったがこの幻術を解く術は見当たらなかった。」

彼は彼女を見た。
この10日の間に笑顔の消えた彼女。

最後に会ったあの日を思い出す。

…あの日、彼女の様子がおかしいのは彼女が来た時からわかっていた。
けれど彼は彼女を無視した。

彼にとって、その時は修業の方が大事だと思っていたから。
それに彼女は彼に用があれば修業中でもお構いなしに話しかけてくる。

話しかけてこないということは特に用はないのだろう、と判断した後、彼女があの質問を投げかけて来た。


「…サクラ。」


彼が名前を呼ぶ。
いつもなら頬を赤く染めて嬉しそうに返事をするのに。
今の彼女は、眠ったまま。

彼は彼女の右手をそっと握り締めた。
握り締めた彼女の手の甲を額に当て目を閉じる。

担当上忍はそんな彼の姿を見ると、静かに病室を後にした。


それからしばらくして、彼がぽつりぽつりと話し始めた。

「…サクラ、何で起きないんだ?夢の世界は、楽しいのか!?」

彼女の手を握る彼の手に力がこもる。

「…オレのいる現実は、そんなに嫌か?」

彼の目が熱くなる。
彼にとって彼女がどれ程大切な存在になっていたのかを、こんな時になって漸く気付いた。

「オレは…サクラの笑顔のない現実なんて嫌だ。」

何で大声で引き止めなかった!?
何で彼女の存在を気にかけなかった!?
何で彼女に向き合わなかった!?

後悔ばかりが頭をよぎる。

「…いつもみたいに名前、呼んでくれよ。」


『サスケくん!』


いつでも思い出せるはずなのに、何故か思い出せない彼女の笑顔。
代わりに頭に浮かぶのは、あの日の切ない泣き笑顔。


『サスケくん、私が今、急にいなくなったらどうする?』


何であんな事を聞いたんだ?


『……別にどうも?』


何であんな返事をした!?

どうも?なんて、嘘だ。
彼女の笑顔に救われている自分に気付いていたのに。

「…笑えよ、サクラ。」

彼の声だけが病室に響く。
彼はもう一度彼女の髪を梳くと、少しだけ痩せた彼女の頬を撫でる。

「…サクラ…っ…!!」

握り締めた手にギュッ、と想いを込めた。

「…っ!!」

彼は思わず彼女を見た。
彼の手に感じた感覚…それは彼の手を握り返す感覚。

「…サ、サクラ…?」

恐る恐る名前を呼ぶ。
すると彼女のまぶたが微かに震えた後、ゆっくりと、ゆっくりと開く。

「…サ…スケ…くん…?」

それは10日ぶりに聞く彼女の声。
10日ぶりに見る綺麗な翡翠色の瞳。

「…サクラ!!」

思わず大声で名前を叫ぶ。
彼女はぎこちなく微笑むと、もう一度彼の名前とあることを呟いてから再び目を閉じた。

「サスケくん……私が今…急に…いなく…なったら…どうする…?」

「サクラ!!」

彼は彼女の顔を覗き込む。
彼女は再び眠りの中へと堕ちてしまった。

「急にいなくなったら…。」

彼の目から溢れる涙が頬を伝い彼女の頬に落ちる。
彼は彼女の耳元で返事した。

「…サクラがいなくなったら…情けないけど…平気じゃいられない。」

だから早く目覚めて。
オレの名を呼んで。
オレに笑って。

「…早く、オレのいる現実に戻ってこい。サクラがいなけりゃ、現実に生きる意味がない。」

彼は彼女に囁くと、彼女の手を握り締め直した。

彼女が戻ることを祈りながら。

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