ゆすら様より・2 彼はこの一週間、木の葉病院の一室にいた。 未だ目覚めぬ彼女の手を握ったまま。 彼が彼女の容態を知ったのは一週間前。 彼女が任務を10日も休んでいるのに理由説明をしない担当上忍に詰め寄った時だった。 『ショック、受けるなよ。』 そう言われて目にした彼女は点滴を付けられ、ピクリともせずに眠っていた。 担当上忍の話によると里に潜入していた他国の忍にさらわれそうになったらしく。 その時にかけられた幻術が解けぬまま彼女は眠り続けているという。 笑顔の消えた彼女。 彼女がさらわれかける直前まで一緒にいた彼の心を後悔のみが占拠する。 それから一週間経った今も彼女は眠り続けている。 目を開けたのはただ一度。 彼が彼女の病室に初めて来た日。 彼女の手を握る彼の手に握り返す感覚があった。 彼女はゆっくりと、ゆっくりとまぶたを開けるとこれだけを言葉にして再び眠りに堕ちた。 『サスケくん……私が今…急に…いなく…なったら…どうする…?』 それは彼女がさらわれそうになる直前、彼に尋ねた質問と同じ言葉。 彼は、自分でも気付かない程の号泣で祈った。 彼女が戻ることを。 彼女が名前を読んでくれる日が再び訪れる事を。 彼女が再び、笑ってくれる日を。 しかしそれからの一週間で彼女が再び目を開けることはなかった。 担当上忍に「ここは完全看護で付き添いは出来ないから帰ろう」と言われた。 だが彼はそれを突っぱねた。 彼に家族はない。 家に帰らなくとも心配する者などいない。 しいて心配する者がいるとすればそれは今ここで眠り続ける彼女くらいで。 彼は頑なだった。 けれどそれは病院のマナー違反になるからと担当上忍に無理矢理に彼女の手を離されそうになった時。 彼女の手が、動いた。 ギュッ、と。 彼の手を握り直す。 彼も担当上忍も慌てて彼女を見た。 彼女は変わらず眠ったまま。 担当上忍はこれを見て「火影様にはオレから頼んでおく。」と言って彼が彼女の傍にいる事を許した。 なのに、彼女は変わらず眠ったまま。 この一週間で変わった事と言えば、この病室に同期の連中が時折出入りするようになった事くらいだった。 その間、彼はずっと彼女の傍で彼女の手を握っていた。 「サクラ、まだ目覚めないのね…。」 「…………ああ。」 今日は彼女の親友が来ていた。 彼を巡る恋のライバルとしていつも彼女と争っていた彼女の親友だが今は彼女の心配だけをしている。 「何でかな…?サスケくんがこんな傍にいるのに。」 彼は何も言えなかった。 彼女が夢の世界から戻ろうとしないは自分のせいなのではないか。 『サスケくん、私が今、急にいなくなったらどうする?』 『……別にどうも?』 後悔しか残らない、己の発した言葉。 「…オレのいる現実に戻るのが嫌なんだろ。」 「え…?」 彼が呟いた言葉に彼女の親友は驚いた。 そして、彼を、 ひっぱたいた。 パシーンという乾いた音が静かな病室に響く。 「……………っ…?」 彼はゆっくりと彼女の親友を見た。 彼女の親友は両瞳を涙で潤ませながら怒りに肩を震わせていた。 「そんな事……本気で言ってるの!?」 「…………………。」 「……あれだけ毎日一緒にいて、サクラの何を見てたの!?」 彼女の親友が彼の胸ぐらを掴む。 彼は赤くなった左頬をそのままに、放心したような目で彼女の親友を見た。 「サスケくん、本当にサクラの気持ちに気付いてなかったの!?サクラの事、何とも思ってないって言うの!?」 「…オレは…。」 「だったら何でサクラを探したの!? 何で手を握ってるの!? 何で傍にいることを望んだの!?」 彼女の親友の瞳から大粒の涙がボロボロと零れ落ちる。 「…それは…。」 「何でサクラがサスケくんの手を離さないのか、考えた事ないの!?」 「え…?」 それは思ってもみない言葉だった。 何故、彼女は彼の手を離さないのか? 何故、彼女は彼の手を握り返したのか? 何故、彼女は傍にいる相手に彼を選んだのか? 彼女の親友に言われるまで何の疑問もなく握り締めていた彼女の手。 彼が彼女の手を握っているのは彼女と繋がっていたいから。 現実世界に戻って来ない彼女を何とか現実に、自分に引き止める為に無意識にしている行為。 では彼女が彼の手を握り返したのは何故!? 彼女の親友の言葉で初めてそれを考える。 「…山中。」 「何よ?」 「サクラと2人にしてくれ。」 「サスケくん…?」 「サクラと、話してみる。」 彼は彼女をじっと見つめていた。 彼女の親友は彼女に目を向けた後、黙って病室を後にした。 彼女の親友が空気の入れ換えにと開けていった窓からそよ風が吹き込む。 風に揺らされた彼女の髪をそっと梳くと、彼は彼女に語りかけ始めた。 右手で、彼女の右手を握り締めたまま。 「…サクラ。今、何してる?」 誰も聞いたことのないような、穏やかで温かい彼の声。 「…そっちの世界にオレはいるのか?」 彼女に反応は見られない。 「お前がいなくなってからもうすぐ20日になっちまうぞ。」 髪を梳く手を彼女の頬へと滑らせる。 「…オレの傍にずっといるんだと思ってた。」 触れた頬のやつれ具合に今更ながら恐怖を覚えた。 「サクラは…オレのいない世界でも平気なのか…?」 震える手で恐る恐る彼女の唇に触れてみる。 ちゃんと温かいのに。 何で目覚めない!? 何で笑わない!? 何で名前を呼んでくれない!? 「前にも言ったけど…。」 左手も彼女の右手を包むように握り締める。 「…サクラがいなくなったらオレは…平気じゃいられない。」 彼女の右手を握る両手に額を当てる。 彼の目が、潤み始めた。 「…だから、早く戻って来い!」 握る両手に力を込める。 微かな恐怖を拒むように。 「いつもみたいに、ウザイくらいに笑いながらオレの名前を呼べよ!サクラ!!」 彼の目から零れた涙が握り締めた彼女の手に落ちた。 「………………〜っ!!」 もう彼には伝えるべき言葉が見つからない。 零れ落ちる涙も止められぬまま、数分が過ぎた。 僅か数分。 けれどそれは彼にとって永遠とも思える程に凍りついた時間。 「……サ……ス…ケく……ん…?」 「…っ!?」 彼が思わず顔を上げる。 耳に届いた、微かだけど聞きたくて聞きたくて仕方のなかったあの声。 「…サ…クラ…?」 彼の口から出たのは情けない程に弱く震えた声。 じっと見つめると、一週間前と同じように震えた瞼がゆっくりと開いていく。 「……何で…泣い…て…るの…?」 途切れ途切れだけど、ちゃんと聞こえる彼女の声に彼は顔を赤くしながら答えた。 「…お前が…サクラがいなくなったりするからっ…!!」 「…サス…ケくん…?」 彼女の声はまだぼんやりとしていて、瞼もすぐにでもまた閉じてしまいそうで彼は握る手に更なる力を込めた。 「あの時の返事、聞かせてやるよ。」 「…返事…?」 「サクラがいなくなったらオレは…。」 「…サスケ…くん…?」 「オレは…っ。」 彼はこんな事を直接相手に伝えるのは本来ならば苦手だ。 でもこのまま伝えずに彼女が三度(ミタビ)いなくなってしまう事の方が今の彼にとって何よりも苦しい。 彼が彼女の耳元から手を入れて髪を梳くと、彼女は微かながらくすぐったそうに柔らかく笑う。 「…サクラがいなくなったら…情けないけど…耐えられない。」 「…え……?」 「このまま、戻ってこい。」 「…も…どる…?」 彼女が不思議そうに呟くと同時に彼女の瞼は彼女を現実世界から引き離そうとしている。 彼は知らず紅く光る瞳で彼女を見た。 彼女のチャクラを不安定に覆い混乱させる見知らぬチャクラの存在に冷や汗が背中を伝う。 「サクラ!!」 「サ……スケ…く……ん…。」 消えそうな彼女の声に彼は声を荒げた。 「…んだよ、失恋って。サクラはオレを好きなんじゃないのか!?」 「…サ…スケく……。」 「だったら何でこんな幻術解かない!?お前なら出来るはずだろ!?」 ずっと離せない手に祈りを込める。 離したらもう、彼女を取り戻せない気がして。 「オレはサクラのいない現実に耐えられないのに、サクラはオレのいない世界の方がいいっていうのか!?」 どうすれば解ける!? 焦りと彼女の笑顔を失うかもしれないという恐怖に彼の心は埋め尽くされる。 「…好きなら何で…?」 彼は唇を一瞬噛み締めてから本心の一番奥にあった想いをぶつけた。 「…っ何でオレを独りにするんだよ!!」 「……っ!!」 ドクン、と彼女の中で何かが脈打つ。 ぼんやりとした意識の中で彼女の左手は彼の手を求めた。 左腕に付けられていた点滴が外れ、シーツがゆっくりと朱く染まる。 彼女は彼に握り締められたままの右手と合わせて印を結ぼうとするがやせ細った手には力が入らない。 「…サスケ…くん…っ…。」 彼女の声に彼は手を重ねると、彼女の手ごと印を結ぶ。 「…っ解!!」 彼女の必死の声が響いた。 途端に呼吸が乱れ彼女のまぶたが閉じられる。 「…サクラッ!!」 彼女の容態の急変に焦った彼は彼女の手を握ったまま再び彼女のチャクラを確認する。 「……ッ!!」 彼がナースコールを押そうとした時、偶然に担当上忍が病室へとやってきた。 「サスケ、どうした?そんな情けない顔して…?」 「カカシ…サクラが!」 「え!?」 彼の声に担当上忍も慌てて彼女を見た。 彼女の手から力が抜けてゆくのが彼の手に伝わる。 彼は最後の祈りを込めてもう一度握り締めた。 ゆっくりと光が差し込んでゆく。 ぼんやりとした視界にうっすらと映るシルエットに見覚えがあるような気がした。 けれど余りに眩しくて瞼を閉じると、今度は瞼をなぞられる感触がした。 くすぐったくて瞼を再び開けると今度は眩しさよりも先に人影が視界に入った。 それは、ずっと会いたかった恋しい彼。 けれど彼は何故か不安そうな顔でこちらを見ている。 「…サスケくん…?」 「…っサクラッ!!」 あまりに心配そうな彼の表情に彼女は戸惑いながらゆっくりと身体を起こす。 が、ふらつき彼が慌てて身体を支えた。 「サ、サスケくん、私…?」 「…っこのバカ!」 「…っ!!」 突然怒鳴られて彼女は思わず身体を縮める。 恐る恐る様子を窺うように彼を見ると彼は何故か目を潤ませていた。 「…サスケ…くん…?」 「…もう…いなくなったりするな…。」 「え…っ!?」 訳がわからず戸惑う彼女に手を伸ばすと、彼はそのまま彼女を抱き締めた。 「…サスケくん…。」 「………かった…。」 「サスケくん…?」 彼女の声に彼は抱き締める腕に力を込めるともう一度呟いた。 「…会いたかった。」 「サスケくん…。」 「……オレを、独りにするな…。」 「…………私も…。」 彼女の声に彼が腕を緩めると、彼女は柔らかくはにかんだ。 「私も、サスケくんに会いたかった。」 彼女の瞳からすぅっと涙が伝う。 「サクラ…?」 「…サスケくんがいない世界は怖かったよぉ……。」 ボロボロと泣き出す彼女を見て、彼は漸くホッとしたように笑うと彼女の頭を撫でながらもう一度抱き締めた。 もう二度と、彼女を失わないように。 ********** ゆすら様宅よりフリーということで強奪してまいりました!^^ サスケくんの、サクラがいなくなったら平気じゃいらるない。の台詞にハートをぶち抜かれました^^!!ぶっきらぼうだけど優しいサスケくんが大好きなので、一部のサスケくんって本当にかわいいなーと思います。残念ながら書くのも描くのも苦手なのですが、ゆすら様はすごい!!二人ともかわいいなけど切なくて…原作でも早くこんなサスケくんが見たいです^^早くサクラちゃんの大切さにきづきなさい!笑 ゆすら様、素敵な小説ありがとうございました! ←prevnext→ [戻る] |